214(終)


 結局のところ魔王さまとの戦闘はこれまでで最も稚拙ちせつな展開になった。


「馬鹿な……あり得んだろこんなことは……」


 戦闘開始から数時間。ただデカイだけで大技を放ってくるボスなんてまったく脅威に値しない。それどころか当たり判定のことすら理解していない始末。


〝俺が考えた最強のスキル〟と即死チートに慢心していたんだろう。少なくともゲーマー思考ならこんな巨体を得ようとは思わない。


 至極当然の話、体の大きさに比例して当たり判定も大きくなる。小さくならば分かるが、大きくする価値はあまりない。それこそ本当に〝強く見える〟だけのハリボテだ。巨大なボスというのは――とても実用的ではない。


 HPが尽きた頃、魔王はレイドボスから元のヒト型へと戻された。禍々まがまがしい姿のあいつはもういない。教皇さまは惨めにも地面に膝をついていた。


「電脳世界で統治者を夢見るとは……つくづく愚かな男だなあんた」


 呆れ半分に言うと、ディートは目玉を引ん剝いた。


「この私を愚弄ぐろうするか……後で泣きを見ることになるぞ!!」


 後でというのは現世での仕返しだろうか。分からないが……体が薄れていっている奴に言われても全然怖くない。というかこんな犯罪をしでかしたんだ、上は大騒ぎになってるんじゃないか。相当数プレイヤーがいるようだし。


「泣きを見るのは貴様だディート。この世界が終われば貴様らに未来はない。追加パッチがきていないことに疑問はなかったのか? おそらく上は上でもめているようだと見えるが」


 アグニスが言った。


「脅しのつもりか? 裏切り者がよくもまあいけしゃあしゃあと。覚悟しろよアグニス、現世に戻ったら貴様こそ絶対にただではすまさん。わが社に多大な損害を被ったとして――」


「いいからさっさと行け。いつまでもウジウジとみっともない」


 アグニスがロッドで一蹴。消えかけの魔王さまは断末魔を残して消滅した。


「な――何だ崩れるぞ!!?」


 唐突な異変に冒険者たちが絶叫する。魔王さまが打ち倒されたことで世界が崩壊を始めていた。プロフィールからメインクエストを見ると……達成と表記が変わっている。


 俺は無事に役目を果たせたようだ。


「なあ、このメインクエストとかもあんたの仕業だろ。他にもいくつか仕組んでることはありそうだけど、ありがとうな、そっちも頑張ってくれて」


 アグニスはわずかに口角を崩した。


「いやなに、一番頑張ってくれたのは君たちだろう。わたしたちにできることはこれくらいがせいぜいだった。後は――女神像の細工くらいか。あれは本来、メルクトリたちがこれ以上冒険者を転職させまいと考えての計画だった。が、そうはさせん。女神像の有無に関わらず当該地域での転職を可能とした」


「ああなるほど。あいつの自作自演だったってわけか。バルドレイヤで入国拒否でもしてたら良かったのに」


「それは難しいだろう。あの時はまだ君の脅威に気づいていなかったし、君が一躍いちやく有名になったのはコロシアムだからな。それまでは油断していたのだろう」


「まあ……それもそうか」


「と言うよりいいのか? 私とばかり話しているせいで、彼女たちが不満そうだが」


 アグニスがあごでしゃくった先に、いかにも仏頂面な少女たちが見える。


 ……褒めて欲しそうだな。


「ごめん、ちょっと話に熱が入ってた。みんなも今まで本当にありがとう。おかげでここまで来ることができた」


「どうかしらね、アルトならソロでもこれたんじゃないの」


 コトハがにべもない返事を寄こす。


「いいやそうはいかない。レイドボス戦のことは覚えていないか、コトハもフィイもリズもペルも他の皆も、誰か一人でもかけていたら絶対に俺は乗り越えられなかった。だからみんなには本当に感謝してるよ」


 コトハたちは暫し唸っていたが、やがて納得したように息を吐いた。


「アルトくんよ、これでわれたちは〝元の世界〟とやらに帰れるのだ? 確かに少しずつ世界が崩れていっているが……」


 フィイが言った。


「と思う。魔王さまが力尽きたから、これでようやく脱出できるはず」


「おにいちゃんは違う世界でもおにいちゃんなのかな」


 よほど気になっているのか、リズがそわそわしていた。


「戻ってみないと何とも、だけど可能性はあるかもな。なんか……だいぶ聞き覚えのある人称だし。あとエレンとコトハも。妙に見覚えあるからもしかしたら知り合いなのかも」


「そうだったら面白いですね。違う世界でも友人でいてくれると嬉しいのですが」


 エレンが慎ましい微笑を浮かべていた。


「もちろん俺からもそう願っているよ」


「わ、わわ、我はどうなのだ? ちゅ、中二病っぽい感じの子はいなかったのだ!?」


 まったく話題に触れていないとペルが焦ったように割って入った。


 というか中二病という自覚はあったのかよ。


「いや……どうだろう……いたようないなかったような……」


「うぐぅ……何とも曖昧な返事ではないか……地味に傷つくのだ……」


 ペルが涙目になっている……戻ったら友人だといいな。 ……いやこんな小さな子と友達というのは法に触れてそうな危うさがある。もしかして俺って真正のロリコンなんだろうか。


「わたしも、その、戻っても一緒にいてよね。と、友達として……」


 赤面中のコトハさんが手を繋いできた。


「お前とは絶対に知り合いだと思うから安心してくれ。初見の時から違和感があった」


「それならいいけど……」


「――お喋りもいいが、そろそろ切り替えておけ。本格的に崩れるぞ」


 パーシヴァルが警鐘を鳴らした直後、俺たちは足場を失って落下した。何のテクスチャもない暗闇の中へと放り出される。


 クソ、こいつらここぞとばかりにくっついてきやがった……や、やめ、やめんかぁ!


「仲間に囲まれて微笑ましそうだな」


 続けて騎士団長さまが呟いた。


「あんたもありがとう、色々と協力してくれて」


「あんたではないだろう。しっかりと目上の人には敬称を使え」


「……前に俺〝教師みたい〟って言ったけどさ、本当にその通りかもしんないな……」


 俺の見立てにパーシヴァルが鼻で笑う。


 彼との会話が終わった直後、意識が段々と遠のいていった。ここはいったいどこなのか、上も下も右も左も分からない。かつて味わったことがあるような浮遊感だ。


 そうだ――これは――あの時の――。


      ◇


 瞼を起こした瞬間、頭痛に耳鳴り、吐き気に加えそこはかとない息苦しさがまとめて押し寄せてきた。最悪の目覚めである。それにやたらうるさい。


 サイレンやら拡声器っぽい大声やらで頭に響く。まったくこっちは寝起きなんだから静かにしてくれ。


「ええい何度も言っているだろうが、交渉の余地はない、こちらには大量の人質がいるんだぞ! 大人しく言うことを聞かんか!」


 なんか……おっさんの怒鳴り声が聞こえる。誰かと電話でもしているのだろうか。それにしても人質……ん、人質? 物騒な単語だな、とても穏やかじゃない。


「無断でわが社に立ち入ることは許さん! 少しでも変な真似をしてみろ、その時は電脳世界ごと人質をまとめてデリートしてやる!」


 怒声といい剣吞な物言いといい、やっぱりトラブル真っ只中らしい。二度寝は……している暇がないか。


「あ」


 カプセルから出て立ち上がった時、見知らぬおっさんに凝視ぎょうしされた。ディート……ではないか。あいつもまだ起きたばっかりかそこいらだろうし。


 辺りには無数のカプセル容器が並んでいる。やっぱり俺はここで電脳世界にダイブし、幽閉されたようだ。元の記憶もハッキリしている。


「ど、どうして帰ってこれた、バグか、いやそんなはずは――」


「え? 魔王をぶっ飛ばしてきたんだけど、また俺なにかやっちゃいました?」


 突っ込んで欲しかったんだけど、おっさんはあんぐりと口を開けたまま佇立している。その上「馬鹿な馬鹿な」と連呼し始めた。……見るに堪えない。


「そんなわけないだろうが! 確かに反乱分子が小細工を仕掛けたことは知っているが……あれだけのチートを持っていて負ける? そんなわけが……」


「あいにくとチートは俺も持ってるんでね。ああ、でもあんたらみたいなみみっちいチートじゃない。〝知識チート〟っていう高級品だ、習得したかったら十年間は武者修行してきな。もちろん引きこもり生活付きで」


 俺の声が届いているのか否か、おっさんは唖然あぜんと声を失っている。


「人質ですか。ただ事ではありませんね」


 俺の隣で江本えもとれん――ハンドルネームエレンが声を上げた。彼に続きカプセルが続々と開かれていく。陰謀者の満面はすっかり青ざめていた。


「というわけだ、えっと警察かどなたか知りませんけど、もう人質は全員解放されたんで突入していいですよー!! 俺、魔王倒してきましたからー!!」


「なっ――ちょ、ちょっと君、君!!!!」


 電話にも聞こえる声量で叫ぶと、男は面白いくらいに大慌てした。だけど覚醒した俺たちを止められる者はいない。


 VRセンターには何万人って人が訪れてるんだ。何もしなくても内側から崩壊していく。俺たちが外に出れば事実を証明できるんだ。


「さあみんな、ちょっくら外まで散歩しにいこうぜ! どうやら警察か機動隊がお迎えにきているらしい!」


      ◇


 俺が魔王を倒したことでプレイヤー全員はVR空間から脱出。寝起きの気持ち悪さ以外は特に症状もなかった。後遺症もまったくない。


 ADRICA運営は俺たちが眠っている間、電脳世界を人質として警察庁などからの介入を免れていたが、ディートの討伐と共に計画も瓦解がかい


 現実では幾万いくまんの人質を利用して法外な金銭要求を、電脳世界ではディートらが統治者となりお互いWIN―WINな関係を作る……はずだったようだ。それも泡と消えてしまったが自業自得だ。余生は刑務所で過ごすこととなるだろう。


それよりも驚きだったことは言うと。


「ねえ流斗ると――ちょっといつまで寝てるつもり? まったくこれだけは引きこもりは」


 琴葉ことは日和ひよりがずけずけと俺の部屋に押し入る。ハンドルネームコトハの彼女は、お金持ち家の幼馴染おさななじみだった。


 ゲームの頃とまったく変わらない態度だ。何だかむしろ安心する。


「お兄ちゃんはね、りつがいないとダメダメだもんね。いつまでたっても一人で起きられないんだから」


 義理の妹、安達あだちりつが便乗して押し入ってきた。


 ええい布団に飛んでくるな、引っ付いてくるな、暑苦しいだろぉ!!


「またやっているのだ、本当に流斗るとくんはまったく……」


 いつの間にやらフィイーレ・ソプデタートがドア付近で佇んでいた。


 年がら年中、修道着をまとった彼女は、手に聖書を抱えている。ガチのシスターだ。


「ククク……もうすぐ昼だと言うのにだらしないではないかお兄さまよ。今日もわれらと狩りに出かけるのだ、レベリングはここらが本番である!」


 田中花子……ハンドルネームペルケドラがカラコンの入った金色の目で邪気眼ポーズを決めている。


 普通の名前が気に入らないらしく田中か花子というとめちゃくちゃ怒る。俺、可愛いと思うんだけどな。


「お、メッセージきた……って服部はっとり先生かよ、しかもあぁ……また追試だ……」


 元パーシヴァル、教師の服部はっとり水智みずちは俺のクラスの担任だ。ほぼ毎回赤点を取っている俺に目を付けて、よく一緒にゲームしている。何故ゲームの世界でも指導されなければいかにのだろうか。


れんはちょっと遅れるらしい。太極拳連盟の師範しはんと手合わせがあるんだってさ」


「武人家は大変よね。流斗るともちょっとは見習いなさい、ゲームしか取り柄が無いんだから。運動とか勉強とかもうひとつくらい持っておかないと」


「ああーそうだなあー来世になったら本気出すよ」


「ねえ流斗るとってばちゃんと聞いてるの!? わたしは真面目に――」


 琴葉が言い出すと、周りのロリっ娘たちもそうだそうだと便乗する。


 なんかADRICAにいた時と変わんないな。まあでも、こんなのも悪くない。誰かがいて一緒に遊べるってことは本当に幸せなことだと思うから。……たとえ一緒でも勉強は嫌いだけど。


「よしじゃあ新作のVRMMOみんなでやるか!」


 わき目もふらずにPCを起動。ブーイングはよりいっそうひどくなったが、文句を言いながら彼女たちもVR機器を装着していく。やっぱりMMORPGはみんなでやった方が面白い。


 次のゲームでもその次のゲームでもずっと遊んでいきたい。





※作者の想いなどは次話の後書きにありますので、よかったら一読ください。

 三か月間お疲れ様でした!!!みなさんのおかげで急展開の畳みながらも、終わり方は決めていたので、何とか書けて良かったです。エタらずにできてとにかくよかったなと。応援してくださったかた、ご愛読くださいましたかた本当にありがとうございました。

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