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「みんなこのまま接近してくれ。たぶん思っているほどのスキルは来ないと思う」


「どうしてそう言い切れる。むしろ先ほどからとんでもない攻撃ばかりだかりだと見受けられるが」


 並走するパーシヴァルが言った。


「まあすぐに分かる。俺の見立てだとあいつはかなりの穴だ」


「とても理解し難いが、何にせよここまできたらやるしかない。その口車に乗ってやろう」


 言い終える頃には魔王の足元へと到着。見上げるとメフィストが山脈みたいにそびえ立っている。どうしてここまで大きな設計にする必要があったのか、これもあいつの指示だろうが本当に


「馬鹿が……わざわざ近づいてくるとは、愚の骨頂よ!」


 メフィストがどこからともなく八本の超特大剣を取り出した。剣というよりもはやビルだな。毎度毎度スケールがデカすぎる。


 ろくに狙いを付けていない無造作な乱舞はすぐに始まった。剣が振り下ろされる度に地盤が砕かれる。揺れも大きく、とめどなく猛撃するものだから辺りは天変地異も同然に振動した。――だがそれだけだった。


「これは……」


 エレンが頭上を見上げたまま声を失っている。彼は魔王の行動が理解できていないようだった。


 メフィストの体躯たいくと大剣はどちらも規格外のスケール。大きい者が大きい物を振り回しているため取り回しは最悪。足元にいるだけで一発たりとも命中しなかった。


「流石は廃人勢、見事避けきったか。……ならばこれで終わりにしてやろう!」


 お次は天から降り注ぐ流星群。シューティングスターの強化版か、隕石一発一発が無駄にデカイ。だがまたしても脅威とは至らない。そもそも頭上に魔王さまが被っているためどうあがいても食らわないのだ。あまりの荒唐無稽こうとうむけいさに一同は唖然あぜんと見上げていた。


「ねえアルト、あの人はいったい何をやっているのかしら。まったく意味が分からないんだけど」


 コトハが言った。


「いやあれはだよ。そもそもゲーマーじゃない限り、当たり判定やオブジェクトのことなんて気にもしない。当然どんなスキルがどんな場面で強いのかも知らないんだろう。だってあいつは現世でなんだから。運営でもプレイヤーでもない部外者が、現場に口出ししたらそうなる。さっきから連発してる稚拙ちせつなスキルもそういうわけさ。炎の波、地震、雷、光線、超特大剣……どれもこれも中学生が思いつきそうなのばっかりだ。とてもじゃない」


 そこまで言った時、彼女たちは納得どころかむしろ不思議そうな顔をした。

 ああ……そう言えば記憶が改変されてるんだっけか。運営やプレイヤーが分からなかくても仕方ない。


「ええっとつまりどういうこと?」


「要するとだな……あいつは〝自分が考えた最強のスキルと最強の肉体〟を与えられて、ただ使ってるだけなんだ。使い方も知らないし、何が強いのかも知らない。だから大雑把なスキル構成になっている。ド派手な技が強いと思うのは素人の証だ。玄人は地味で鬱陶うっとうしい技を好む」


 皆はようやくなるほどと得心気に頷いた。同時にすっかり顔色が晴れている。もう以前のような緊張感はなさそうだ。


「つまるところ、さっさと始末してよいというわけですね。それなら話が早い」


 そううそぶくエレンは早速メフィストの足元へと殴りかかりにいった。彼なら放っておいてもいいだろう。エレンと自称魔王――PS差は雲泥の差だ。


「何故だ……何故当たらん、クソ、あのポンコツエンジニアめ……スキルはとにかく強くといっただろうが!」


 メフィストが身も蓋もない怒号を上げている。なまじ、その一言だけで現場の苦悩が感じ取れるところが恐ろしい。こんな上司を持つと大変だな。


「さあ俺たちも行こう。あの大馬鹿野郎を倒して世界を取り戻すんだ」


 いざ反撃に転じると、戦況は目に見えて変わっていった。


 辺りに飛び交っていた悲嘆ひたんや怒声はみるみるうちに減っていき、みんながこちらを凝視している。何とか俺たちを仕留めようと抗うメフィストだが、ただの一発たりとも命中しない。勿論それは俺たちが上手いからではない。落ち度が魔王側にあるからこそ、皆の気勢きぜいが戻っていった。


「お、おい、あいつなんかおかしくねえか?」


「流石にどうなんだ。自分がデカすぎて攻撃が当たりませんってのはよ」


「しかもスキルもめちゃくちゃだね。強そうなのは最初だけだったってことかい?」


 冒険者たちが容赦のない評価を下すと、メフィストは分かりやすく憤激ふんげきした。後方に向けて光線を乱射する。その狙いがあまりにも逸れていたからこそ彼らは確信した。


 こいつはだと。


「これならビビる必要はねえ――おい行くぞ野郎ども、あのハリボテをぶっ飛ばせ!」


 暴れん坊の冒険者ルドラが張り裂けぶと、皆が彼の後に続いた。


「何を馬鹿なことを……ええい小賢しいわ!」


 なだれ込む冒険者たちに魔王が怯む。流れは完全に俺たちが支配していた。


「しかし彼はチートも使ってるはずだが……よもやここまで酷いとはな……」


 アグニスが呆れ気味に溜め息をついた。


「こんな話を知っているか。その昔、MMORPGでチートを使った素人と初期装備Lv1の廃人が戦闘になったことがある。アグニスはどっちが勝ったと思う?」


「そんなの……チーター側に決まっているだろう」


 彼もまた運営ではあってもゲーマーではなかったか。俺は首を横に振った。


「勝ったのは廃人側だ。たった一発も受けずに敵を倒した」


「馬鹿な、いくらなんでも話を盛ってはいないか?」


「いいやほんの少しも盛ってない、そしてだ」


 アグニスは攻撃の手を止めて聞き入っている。あたかも信じられないような顔つきだ。


「更にはこういう事件もある。ジャンルは変わるがFPS――銃撃戦をするゲームで、またしても素人チーターと廃人ゲーマーが戦いになった。チーターは銃弾一発でも当てれば確定キル、更にAIMエイムは自動で敵を補足のオートAIM付き。どっちが勝ったと思う?」


「……またしても廃人か」


「ああその通り。廃人が毎回ヘッドショットを決めて圧勝だ」


 アグニスはやれやれと頭を振った。


「そんなもの、本物のチートよりもチートではないか。理論上できる、ことを実際にやるのとでは、天地の差があるのだぞ」


「もっともらしい意見だな。そう――廃人って言うのはそれだけでチートなんだよ。プレイング、反射神経、知識、周回速度――中途半端なチーターじゃどれも遠く及ばない。まあ……慣れてる奴がチート使ってたらきついけど、要するにだ。あの魔王さまは俺たち廃人勢には勝てっこない。見てたら分かる」


「なるほど、確かにこれは素人だな。とてもしていない」


 メフィストは混乱のあまりスキルを四方八方に無駄撃ちしていた。


 なにがなんだか分からない状況に陥り、スキルをぶっぱ――初心者プレイヤーに見られる典型的な現象だ。あるスキルを手当たり次第に使っているんだろう。


 奴の敗因はチートがあれば勝てると思った慢心だ。安いインチキで努力を上回れると思い込むなよ。今すぐそのHPを削り取ってやる。

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