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「さすがアルトくん、三回戦目も楽々と突破してしまうとは。グループの優勝も目前だ」


 観客席に戻ったところで騎士団長メルクトリがねぎらってきた。


「見ていたんですか?」


「もちろんだとも。何せ君は将来有望な冒険者なのだからな。場合によっては、後任の騎士団長になるやもしれんのだ。目を離さずにはいられまいて」


「またまたそんな。俺はただのいち冒険者ですよ。騎士団長にだなんて、そんな」


 つつましい愛想笑いを浮かべて返す。


 メルクトリはそんな俺を見てもジッと熱視線を送るのみ。ソッチの気があるわけじゃないんだよな? あの、ちょっと怖いです……そんなに凝視しないでください。


「レヴァーテインにミストルテイン……アルトくんが転職したジョブはどちらも超がつくほどの隠しジョブだ。我ら騎士団に迎え入れればきっと百人力の働きをしてくれるに違いない」


「そんな大げさな。……あれ、メルクトリさんは俺のジョブについて知っているんですか?」


「当然だとも。君に関しては色々と調査を進めておるからな。いずれは魔王を倒すかもしれぬ逸材いつざい、興味も尽きぬといったところだ」


「はあ、なるほど」


 どう返しても褒めちぎられるような気がしたので、これ以上の反論は諦めた。


 そう言えば……せっかく団長さまと会話する機会があるんだ。この世界に詳しそうだし、分からないことを教えてもらおう。


「なあメルクトリさん、変なことを聞いてもいいか?」


「変なこととはまた面白い。よいぞ、俺に分かることであれば何でも答えよう」


「この世界のことなんだけどさ、俺はここが次世代機版ADRICA、ゲームの世界だと思っているんだ。その認識で合ってるかなって」


「……ゲーム? アルトくんはいったい何を言っておるのだ?」


「っ!?」


 メルクトリは本当に分からないと言いたげに首をかしげる。


 だがそう訴えたいのは、むしろこっちだ。俺は目が覚めた途端、突然この世界に放り込まれていたんだ。


 以前の記憶も酷く曖昧でそれでも〝魔王を討伐しなくてはならない〟という奇妙な使命感だけは残されている。


 ここがゲームでなければ本当にファンタジー世界ということになってしまうのだが――ステータスやらHPゲージやらが表示されている世界は、はたして存在しるのだろうか。


「何ともまあ酷い顔をしておる。そんなに思い悩むことなどなかろうよ」


 沈黙する俺を見て、メルクトリが笑い飛ばす。


「この世界がゲームなのだとしたら、我らの肉体や記憶はどうなっておるのだ。飯も食えるし酒も飲める。おかしいとは思わんかね?」


「それは……味覚もまた情報の一部だから、データ化して実体験させているとか何とか」


「ふむ、では記憶はどうだ。仮に我々がゲームの世界に入り込んでいるのだとすると、元の記憶がなければ示しがつかない。そういった前世的な記憶をアルトくんは持ち合わせているのかね」


「いや……それが……」


 あるとは言えなかった。俺の記憶に残っているモノは前作ADRICAの攻略方くらいなものでこれといった人間らしい思い出は残されていない。


 なのに〝俺はこの世界に似たゲームをプレイしたことがあるんです〟なんてどの面下げて言えるのだろうか。それこそ本当に頭のイカれた男だと思われかねない。


 プレイしていた側の世界のことなんて、まったく思い出せないのに。


「君も知っているとは思うが、バルドレイヤだけでなく各地域には長年築き上げてきた歴史がある。我々はここで暮らし人々の記憶もまた長きにわたってつむがれていく。その記憶こそが、この世界を現実だと肯定こうていする確かな証拠ではないだろうか」


 メルクトリの主張は正論だ。だからこそ俺は強く切り出せずにいる。


 ここが電脳世界なのだとしたら、この世界で生まれ育ったと言うコトハやフィイの存在にもまた矛盾が生じる。もしかすると俺の頭が狂っているだけなのではとさえ。しかし、


「……」


 封鎖区域でまみえたあの魔人は、以前の俺を知っていた。


 かつてADRICAでさまざまなコンテンツを制覇し各競技においてもトップに君臨した俺の経歴を口にしたのだ。


 であればやはり俺の記憶は正しかったということになり、ここはVR版のADRICAということになるのだが……。


「どうしたの急に見つめてきて。わたしの顔になにかついてる?」


「いや……気にしないでくれ」


「変なの。まあいいわ、アルトが変なのはいつものことだもん」


 にこりと笑ってコトハが俺の手を取る。


 やっぱりどう見てもNPCには見えないんだよなあ……。彼女もそうだしフィイやリズの存在が俺の考えと矛盾する。うーん、ダメだまったく分からん。


「すみませんメルクトリさん。言っていた通り変なことを聞いてしまって」


「ガハハ、構わん構わんよ。今いる世界がもしかして実はどこどこなのではないかという哲学的な考えは、皆誰しも抱くこと。そういう悩みを持つこともある。特にアルトくんはまだ大人という歳でもないのだからな。いずれ成熟する時がくるだろう」


「はあ……そうですね。すみません」


「そうしょげた顔をするでない、言ったであろう皆誰しも思うことに過ぎないと。――さて、充分に話したことだ、ここいらでおいとまさせてもらおう。

 あんまりサボっているとパーシヴァルにドヤされるのでな。相談があればまたいつでも聞きに来てくれ。俺はいつでも歓迎するぞ」


 気さくな笑い声を上げながら、メルクトリが去っていく。


 結局、騎士団長との談話にこれといった収穫は得られなかった。封鎖区域で待機してるモンスターの大軍勢のこともあるし、悩みの種が尽きないなあ……。


「おにいちゃん、だいじょうぶ?」


 視線を落としていると、リズに顔を覗き込まれる。


「お兄さまはいささか具合が悪そうなのだ……ククク、ここは我の闇魔法で治療してやろう」


 ひしっと腕に抱き着いてきたペルと、


「……」


 無言のまま擦り寄ってくるムッツリシスター。


「まったく……今日はまだまだ試合があるんだから、しっかりしなさいよね。……せっかくだから熱を測ってあげる。か、感謝しなさいよ」


 何がせっかくなのか、ぐるぐる目になりながらぴたっと額をくっつけてくるコトハ。


 白昼堂々、観客席でそんなことをするもんだから色んな声が聞こえてくる。俺のジョブはネロリマンサーからワイフマンサーに昇格したらしい。


 ああ、悩みの種が尽きない。

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