128(アルトvsベレキール)


「――話によると、貴様は極めて多くの武器を扱うようだな」


 決闘場に降り立ったや否や、ベレキールが忽然こつぜんと語り出した。


「直剣、長弓、長杖、拳銃、これらの武器種は本来ジョブごとによって制限されている。ファイターはファイター系列の武器しか持てぬし、アーチャー・マジシャン系列も同様だ。

 しかしどうしたことか、今度は大鎌ときた。それだけ武器種にけた貴様が相手となると、なるほど一筋縄ではいかないらしい」


 ベレキールはアナウンスの選手紹介など毛ほども興味がないようで、淡々たんたんと俺を分析している。少し時間があるようだし、お喋りに付き合ってやるか。


「かくいうあんたも難敵だ。職業〝ポイズナー〟は対人戦においてTOPトップ Tierティアに分類される。悪いけどここは全力でいかせてもらおう」


 俺の言葉が気に障ったのか、ベレキールの眉根が険しさを増す。


「大鎌をメイン武器とするジョブ〝バトルメイジ〟はと聞くが、大したことはなさそうだな。貴様の決闘名誉は、よくぞここまで勝ち残ってきたものだ」


 いやらしく口角を崩すベレキール。あたかも俺の敗北を見通しているような口調だった。


「はたしてそれはどうかな。決闘名誉を見たところあんたは。名誉だけで腕前を語るのなら、それほど差はないと思うぜ」


「貴様……この俺を愚弄ぐろうするか」


「事実を言ったまでだ。それともあんたは自分の名誉が愚弄に当たると思っているのかい。二流騎士さん」


 ぴくりと眉を吊り上げるベレキールは、まさしく鬼と呼ぶに相応ふさわしい形相ぎょうそうをしていた。


「よかろう……ならば俺との格差をじかに分からせてくれるわ!」


 ポイズナーの怒号に重ねて、決闘開始のアナウンスが場内に鳴り響く。


 先手はベレキール――彼を中心として辺り一帯に緑色の濃霧のうむが立ち込める。ポイズナーのスキル〝コラプトエリア〟だ。


「ふははは、貴様は毒に侵されて息絶えるのだ! 三流の分際で大口を叩いた罪――無様な醜態しゅうたいさらしてつぐなうがよい!」


 濃霧の中で男の哄笑こうしょうだけがとどろき渡る。


 霧のせいで視界は最悪、前も後ろも見えやしない。更にエリア内は毒で満たされ毎秒10ダメージを受ける始末。こちらのHPは4,500――つまり俺は七分半経った瞬間、敗北することとなる。


 これが対人においてTOP Tierと呼ばれるポイズナーの本分、状態異常攻めだ。


「制限時間つきの決闘か――面白い」


 周りも見えずにじわりじわりとHPが削られていくこの状況、きっと並みの冒険者ならば乱心してスキルを連打するに違いない。そうなった時が最期、あとはポイズナーの手のひらの上で踊らされることになるだろう。


 だから俺は……いや俺もまた


「クソ……当たれ、お願いだから当たってくれ!」


 神頼みでもするかのように叫び〝シューティングスター〟と〝フェリルノーツ〟を放つ。


 しかしどちらも大スカ。HITした手ごたえはまるでない。直後に、俺の背後に忍び寄る影。ベレキールがこれは好機と見て接近してきた。


「馬鹿が――俺はこっちだド三流!」


 武器は短剣。背後からの急襲を仕掛けてきたポイズナーは、だが俺の持ち替えた装備に気づいていない。


「――ッ!?」


 狙い澄ましたタイミングで振り返る。左手に持った装備は盾。被撃ひげきする直前で横に薙ぎ払えば〝パリィ〟が完了。攻撃をはじき返され、ベレキールは無防備状態に陥った。


「手玉だ」


 フェンリルソードが猛威もういを振るう。


 一、二、三と振り払われた斬撃は毒使いにとって確固かっこたる痛手。ベレキールのHPは半分以下にまで減少した。


「がぁっ……」


 未だ状況整理はついていないであろう男は、それでも歴戦の判断で咄嗟とっさにバックステップ。俺に追撃ついげきの隙は与えてくれない。


「俺にダメージを――つくづく不愉快な奴だ、死にさらせ!」


 長弓を取り出したベレキール。直ちに放ったスキル〝アシッドアロー〟は矢に命中した対象へ猛毒を付与する。


「なん……だと……」


 それでも俺が毒に侵されることはない。直剣による正確無比な〝パリィ〟によって全弾はことごとく地面に落ちる。矢の弾速など銃弾に比べれば可愛いものだ。空中で叩き落としてしかるべき。


「貴様、その対応はやはりえているとしか……いや待て、さてはスキル〝死神の瞳〟か。バトルメイジの固有スキルを、まさか貴様は」


 バレてしまっては仕方がない。手の内を明かすとしよう。


「とうぜん習得している。この濃霧の中を自由に見通せるのはお前だけではないという話だ。視界のハンデは無いと思え」


「何を得意げに、時間が経てば負けるのは貴様だアルト。残りのHPを見たところもって三分といったところだが」


「なら三分以内に片を付ける。まったく単純な話だ」


「……いいだろう。ならば望み通り三分以内に終えてやる。負けいそいだことをせいぜい後悔するんだな!」


 グンと、残像すら残さん勢いで駆け出すベレキール。怒声を上げた途端に明らかに動きが変わった。


〝ハウンド〟毒の領域内において著しく移動速度が上昇するバフスキルか。


 本当に、厄介な相手だ。


「スキル〝フェリルノーツ――」


「させねえよ格下ぁ!」


 長弓を構えたところで、ベレキールに〝アシッドアロー〟を放たれる。


 すぐさま武器をデスサイズに変換。弓矢を薙ぎ払ったところで正面突破を図ってくるのはポイズナー。毒に塗れた短刀が俺を襲う。


「……っ」


 はやい。迫りくる斬撃をで防ぐのがせいぜいの有様。とても攻撃に転ずることなどできはしない。


 武器をリボルバーに変更。バックステップからの二丁にちょう掃射そうしゃで間合いを取る。冷静に弾道を見切るベレキール。命中には至らない。


「小賢しい真似を――だがこれで終わりにしてやる!」


 男の民族衣装の下から出てきた大量の毒蟲どくむしはスキル〝ヴェノマンサー〟。


 ブブブと不快な音を立てながら小さきむしどもが空を這う。


 あれは対象に継続ダメージを与える状態異常スキル。毒蟲に噛まれてしまえば出血と猛毒デバフが付与される。受けるわけにはいかない。だが、


「……」


 ほくそ笑んだベレキールと視線が合う。


 奴は後だしする気まんまんだ。俺の対処法を見てから最善手を打ってくるに違いない。


〝シューティングスター〟は詠唱時間が長く論外。かと言って〝フェリルノーツ〟もまた準備に時間が掛かるスキルだ。弓矢の軍勢を召喚しようとしても奴に阻まれるだけ。


 ならば……いやそれでも俺が執る選択肢はひとつだけだ。最初からこうなるであろうと見越していた。だからこそのデスサイズだ。


「貴様、この期に及んで大鎌を!?」


 俺が取り出した武器を見てベレキールは瞠目どうもくする。意想外の判断であったことがまざまざと窺えた。


「スキル〝ソウルハーヴェスト〟!」


 その場で大鎌を横に一閃。


 刃先はさきから飛翔ひしょうする漆黒の斬撃は、前方範囲の敵全てを捉えた。同時に硬直するベレキールとその使い魔。


〝バインド状態〟になった彼らは少しの間、行動が制限される。歩くことや飛ぶことはもちろん攻撃もできない。皮肉にもというのは、彼の言う通りとなってしまった。


 万難ばんなんはいしたいま、俺は存分に準備させてもらおう。


「馬鹿な、貴様はこれまでの戦いで二つまでしか攻撃スキルを使っていなかったはず!」


 男の荒い声も無視して長弓を構える。


 手筈てはずは――すぐに整った。


「単に習得していなかっただけだ。スキルポイントは余っている」


「だがこれほど的確な状況に合わせたスキル振りはとても三流騎士じゃ――」


 天に向けて長弓を射る。一拍後、豪雨のように降り注ぐ五十条の弓矢たち。


 身動きが取れず、文字通り格好の的となったベレキールは、ただその時を待つだけの末路だった。


「安直な思い込みは敗北を招く。アーチャーの端くれならもっと目をらすことだな」


「貴様――」


 ベレキールの怒号は、それ以上続かない。


〝フェリルノーツ〟によって毒蟲ともども貫かれてノックダウン。


 アナウンスが勝者の名前を告げた。

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