047(ID:谷底)


「ここって……」


 一転して変わった景色に、コトハとフィイは辺りを見渡している。


 俺たちが転送された先は地上。さっきまでいた谷底とはまったく違う場所に見えて、実は同じだ。違う空間だというだけで、ここもまたひとつの谷底である。


「この場所は、かつての谷底の姿だと言われている。ほら、あそこに地下へとつながる階段が見えるだろ? あれを降りていくと最下層へと辿り着く。

 そこで待ち受けているボス〝ヴァーリル〟を倒すかリタイアすれば、元居たADRICAに帰還可能だ。フロアは全部で五階。下に行くほど強いモンスターが待っている」


「分かったわ、それじゃあ早速いきましょ――」


「待て」


 勝手に進みだすコトハの頭を鷲掴わしづかみにする。


「結局まだ攻撃スキルを取ってないだろ? 何をそんなに焦ってるんだ」


「だ、だって今頃はあいつらもダンジョンの中なんでしょ。それならゆっくりしていられないわ。もしわたしたちの方が遅いと、アルト、また何か言われちゃいそうだし……」


 よほど腹が立っているのか、コトハは眉根まゆねにしわを寄せていた。


 人のことを自分のことのように思える、こいつのこういうところは好きなんだけどなあ。


「心配してくれてありがとう。だけど俺なら大丈夫、もともとあいつらのことなんて気にしてないから。さあスキル振りを済ませようぜ、あいつらより先に戻るために」


 短く頷いてから、コトハは自分のスキルツリーを展開する。


 スキルツリーには職業ごとに習得できるスキルが一覧となって表示されていて、ひとつのスキルを習得すると次のより強いスキルを習得可能になる。これが枝分かれのように分岐していくから、スキルツリーという名前で呼ばれているんだけど……。


「すごくたくさんのスキルがあるわね。この中からひとつを選ぶなんて、難しすぎない?」


 転職によって拡張されたスキルツリーを見て、コトハは決めあぐねいていた。


 これが転職後の、スキル選択の悩ましいところである。


「ねえアルトはどれがいいと思う?」


「俺にゆだねていいのか、こういうのは自分で決めた方が楽しいだろ」


「だってそれで地雷スキルだったら目も当てられないし、いまは、力になりたいから」


「……そうか、ならこれとかはどうだ?」


 スキルツリーの、やたら斬撃ざんげきまみれの物騒ぶっそうなアイコンを指さす。


 それは二刀にとう使いのみが習得できるスキル〝百花繚乱ひゃっかりょうらん〟。これを習得しなくては二刀をやる意味がないとさえ言われるストライフの代表格的存在だ。


「スキル百花繚乱、効果は〝戦闘中のCOMBOコンボ数が多いほど強力なスキルに変化する〟。つまり高いダメージを叩き出すには、通常攻撃を入れ続けてCONBO数を稼ぐ必要があるということだ」


 説明を聞いたコトハの面持ちは、納得いったように晴れ渡っていた。


「そっか……アルトがわたしに特訓させてたのは、このためだったのね。的確に攻撃し続けないといけないなんて……かなり難しそうだけど、やってみるわ」


「がんばれ、その意気だ。――ちなみにCOMBOが繋がる判定は、直前の攻撃より一秒以内。それ以上開くとCOMBO数がリセットされるから気を付けろよ」


「え……」


 あまりにも厳しい条件を知ったコトハは、一転して顔を引きつらせていた。


 熟練度じゅくれんどが高ければ最高のDPSディーピーエスを叩き出せるが、並みの二刀使いではだいたい無残な有様におちいる。これがストライフの難しいところ、というかロマン職扱いされる理由である。


「――フィイ、いつもバフありがとうな」


「われはこれくらいしかできない、すまないが後は二人に頼んだ」


 彼女のバフスキル〝ブレス〟をもらって準備は万端。


 いよいよダンジョンの中へと突入だ。


「あ、待って――行く前にひとつお願いがあるんだけど」


 階段を降りる直前、コトハが俺の腕を掴んで言った。


「何だ急に改まって?」


「この先のダンジョン、上の方はあんまり強くないんでしょ? だったら――ここはわたしに任せて欲しいの。その、うまくやれると思うから!」


 真摯しんしな目で訴えてくる彼女は、本気のようだ。


 確かにコトハはここ数日で立ち回りもプレイングも急成長した。それでもHPはまだたったの400で防御力は0。モンスターから二回殴られただけでダウンは確実。


 率直に言うと厳しいと思うが……まあやるだけやらせてみよう。ここで断るのは無粋ぶすいだろうし。


「それじゃあ一階はコトハに任せた。――好きなだけ暴れてこい!」


「うん!」


 元気のよい返事と共に、急いでダンジョンへと降りていく。その様子を階段から眺めている俺とフィイ。シスターさまも彼女がどこまでやれるか楽しみなようで、その口角はわずかに上がっていた。

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