040

「うぅ、こんなのあんまりだわ……」


 日は沈み、平原の一角にある宿屋に着いたところで、コトハが精気のない顔で呟いた。


「いったい今日だけで何回ピコったのかしら、二十を超えたあたりで数えるのはやめたわ。ふ、ふふ、きっと明日からも床を舐める日々が続くのね……」


 ぶつぶつと呟いて光を失った瞳をしているコトハは、まさに亡者もうじゃ覇気はきもなく部屋のすみで体育座りしている。


 流石にやりすぎただろうか。コトハのPSを上げるために無理やりモンスターと戦わせた結果、彼女が戦闘不能になった回数は三十二。


 気を失い、快復しては戦わせるという繰り返しで、コトハはほぼ一日中、床に突っ伏している有様だった。


「アルトくんよ、あれはちょっとマズいのではないか。何というか心折れた戦士のようで、見ていられないぞ」


 フィイが彼女にあわれみの目を向けながら言った。


「そうだな、放っておくのはマズイ気がする。あいつのことだから萎えて辞めたりはしないと思うけど……一応声を掛けておくか」


 ずっと下を向いていたコトハに名前を呼びかけてみる。……反応がない。ただの亡者のようだ。


「参ったなこれじゃあ――」


 流石の彼女も折れてしまうのではないだろうか。そう思った矢先、体が柔らかい感触に包まれる。――突然立ち上がったコトハが、俺に抱き着いていた。


「アルト、ごめん、ごめんね、こんなに弱くて何回も死んじゃって、わたしこれからは頑張るから、絶対に頑張って強くなるからああああぁぁ!!!」


 そして彼女はそのままぴいぴいと派手に泣き出してしまった。


 やばい、感情の起伏きふくが激しすぎてついていけない。というか俺の体を揺さぶるな! 許して欲しいのか俺に当たりたいのかどっちだよ!


「分かった! 分かったから落ち着け! ほら、ノルナリヤ大聖堂の詩編しへん第十二聖詠せいえいでも黙読して――」


「うっ、うぐぅ、うぇ、うぇえええええええ、あああああああああぁぁぁぁ!!」


 コトハのお姫さま設定はどこにいってしまったのだろうか。


 ついに彼女は年甲斐としがいもなく子供みたいに喚き始めた。


 ダメだ、まるで話が通じねえ! あと顔を近づけるな、鼻水が服につくだろ!


「わたし、ずっとじぶんが強いと思ってたのに、強くなったと思ったのに、でも何にもできなくて、わたし、わたし、本当にゴミクズみたいで――」


 マズイ、このままだとコトハの癇癪かんしゃくは悪化する一方だ。宿屋には他の冒険者も泊まっているのに、こんな騒音、時間的に考えても迷惑――


「おいうるせえぞぉ! 静かにしろやぁ!」


 案の定、お隣さんから壁ドンされた。代わりにフィイが謝っているのが不憫ふびんでならない。


 一刻も早い措置そちが必要である。


「大丈夫大丈夫、そう気にするなって! 始めはみんな弱いんだし、上手くなるのも時間がかかる。それにほら、途中からまともに戦えたり、死ぬ回数も減ってきたじゃないか。初めてにしては、十分すごいと思うぞコトハは!」


 言いながら、これでもかというくらい頭をわしゃわしゃ撫でまわしていると、ようやくコトハは「うぐぅぅ……」と潰れた蛙みたいな声を出して鎮まった。


 なるほど……だいぶこいつのことが分かってきた。コトハはたぶん、根は素直とか真面目とかそんなのじゃなくて、単純に子供なんだろうな。肉体的にも精神的にも。


「もし〝もうやりたくない〟って言うんだったら、明日からは今まで通り俺がすべて倒していくけど」


「やめないもん、わたしがんばるもん」


「そ、そうか、それなら頑張っていこうな、うん」


 これ以上暴れられると本当に宿屋を追い出されかねないので、そのままさりげなく寝床に連れ込んで寝かしつけた。


 コトハはいったい何歳児なのだろう。大人しく寝てくれたのはいいんだけど、抱き枕みたいにしがみつかれているのが暑苦しい。


「でもこの分だと、もう地雷プレイもしないだろう。期待していいのかもしれないな」


 コトハのステータスの振り方は間違いなく地雷ではあるものの、Lv72とまだ序盤の段階だ。


 これから体力や知力に振っていけば、充分に取り返しはつく。彼女に足りないのは、今のところHPだけだからな。そこまでの大問題ではないだろう。


「……」


 隣には、何故か羨ましそうな目で見てくるフィイがいたが、あえて気にせず寝ることにした。

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