033


 聖堂に戻ってクエストの結果を報告すると、辺りは一時いちじ騒然そうぜんとなった。


「馬鹿な――あのヤカテストスをたったの通常攻撃三回で!?」


 神父は俺たちのログを見た瞬間、聖堂内に響き渡る大声を上げてしまったのだ。そうなるともう後の祭りだ。周りの冒険者やシスターたちに知れ渡って、とんでもない人だかりができてしまった。


 Lv70とは言え、まだ転職も終えていない駆け出し冒険者が、どうやってHP5,000を誇るフィールドボスを蹂躙じゅうりんしたのか。


 そんなことはあり得ないと、誰もが俺をチート呼ばわりしていたが、プロフィールや戦闘の記録は決して改竄かいざんできるものではないため、なおのこと混乱の渦が広がった。


 そして俺は、今やノルナリヤで最も有名な冒険者になってしまったのである。


「信じられるか? スキルでもない通常攻撃で一発1,856ダメージだ!」


「俺たちが全部のスキル使っても500ダメージにも届かないのによ」


「悪いけど信じられないわ、やっぱりチートを使ったに決まってる!」


 群衆の野次は半端ではなく、俺をチート扱いするのはまだ軽い方で、中には決闘申請が飛んできたり、寄生を目的としたフレンド申請が波のように押し寄せてきたりもした。


 見ず知らずの相手を、どうして介護しなくちゃいけないんだ。そんなフレンド申請はお断りだぞ。


「さすがはアルトね、たった一日で街の有名人になっちゃうなんて」


 ひとりでにうんうんと頷いているコトハはこの日一番の笑顔を浮かべていた。


「いい意味でなら大歓迎だが、中にはこころよく思っていない者もいるだろう。明日には街を出た方がいいだろうな」


「――もう、行ってしまうのか?」


 かたわらに居たフィイが、俺のすそを掴みながら言った。


「まあな……できれば長く居たかったけど、俺たちの目的は〝魔王の討伐〟いつまでもここに居るわけにはいかない」


「魔王の討伐――」


 フィイはポカンと口を開けている。いきなり魔王なんて単語を聞いたら、さすがにスケールの大きい話のように聞こえてしまったのかもしれない。


「アルトくん、魔王とはいったい誰のことなのだ?」


「……っ!?」


 だが思わぬ問いが返ってくれば、今度は俺が言葉を失ってしまった。


「魔王は魔王よ、ねえアルトなら知っているわよね」


「……」


 ジッと見つめてくるコトハに返答ができない。


 そう言えば〝魔王〟って誰だ? ADRICAアドリカで数々の凶悪モンスターを倒し続けてきた俺だけど、魔王という呼称こしょうは目にした覚えがない。


 魔将とか魔人とか、それらしい奴は居たには居たがどれが魔王かと言われると……。


「この世界にはモンスターを生み出した諸悪しょあく根源こんげんたる魔王が存在すると言われている。しかしその詳細は不明。答えは未だ誰も掴めていないのだよ、アルトくん」


 フィイがもっともらしいことを口にするが……判然はんぜんとしない。


 俺はADRICAで数千時間を費やし、複数アカウントをカンストした。知らない事なんて何も……いや、ああ、なるほど……。


 そう言えば俺、ストーリーイベントをまったく進めていないんだった。


「ぐっ……」


「どうしたのアルト、大丈夫!?」


 あまりにもお粗末な展開で、ついうめきを漏らしてしまう。


 何と言うことだろう。よくよく考えてみれば効率厨である俺は、ストーリーを完全に無視してレベリングや装備収集を行っていたんだった。


 かつて周りにいたガチ廃たちもそうだ。俺たちはストーリーなんてまったく一切合切いっさいがっさいこれっぽっちも興味ない。


 ムービーも当然ことごとくスキップ。流れてくるテキストはスペース連打でカットした。


 魔王は誰か。それがこの世界で唯一、俺が答えられない問いだった。

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