032


「アルトくんの筋力が、とんでもないことになっているが――これはまさか!」


 フィイが俺の異常に気付いたようだ。


 スキル〝等価交換とうかこうかん〟は、一時的に自分のステータスを再分配することができる。


 現在各バフの恩恵おんけいによって俺のステータスは、


 体力40、筋力40、魔力40、知力28、幸運2


 ――これらのステータスのうち、知力以外のすべてを筋力に再分配すると――


「き、筋力119!!? こんなの化け物じゃない!?」


 コトハが俺のステータスを見て驚嘆きょうたんした。


 かたわらのフィイも信じられないと言いたげに立ち呆けている。だけどそろそろ最後の仕上げだ。アークマスターである彼女のスキルが、決定打となる。


「今だフィイ、奴にデバフを!」


「う……うむ!」


 フィイが咄嗟とっさにロッドを構え直す。詠唱えいしょうは直後に、桜色の小さな口からつむがれた。


しゅよ、ためきて、我が敵の暴虐ぼうぎゃくに向かへ、なんじが定めし審判しんぱんもって、我等萬民われらばんみんたすたまえ――ティニルル!」


 解き放たれたスキル名に合わせて、ヤカテストスの体が薄紫色に発光する。デバフ状態にある奴は被ダメージが1.5倍。


 この間に盛りに盛った筋力でロングソードを叩きこむ。


「あとは――運ゲーだあああああああぁぁ!!!」


 唯一そのままにしておいたステータス〝知力〟は、クリティカル発生率を高めてくれる。


 現時点でクリ率は20パーセント強。そしてこの世界でのクリティカルダメージはなんと2倍。


 もし運を引き当てることができたのなら――HP5,000のフィールドボスでさえ、ワンパンのうちに仕留められる。


「――ッ!!」


 一、二、三、とたて続けに振るった斬撃の直後、モンスターの頭上に表記されるダメージの色は赤。それはこの土壇場どたんばで俺が20パーセントを引き当てたことを意味していた。


 クリティカルによって更に威力が増した結果――ダメージは圧巻の5,568。


 フィールドボスを余裕でオーバーキルする脅威の数字を、俺はスキルも使わずたかが通常攻撃で叩き出してしまった。


      ◇


「こんなの絶対におかしい、チートよチート! 今度こそアルトがインチキをしたわ!」


 フィールドボスのドロップアイテムを回収していると、コトハがそんなことを言ってきた。


「チートじゃないって。ちゃんとした計算式の上に基づいた正しい結果だよ。それにこれで俺たちはギルドに登録できるんだ。別に悪いことじゃないだろ」


「それはそうだけど……せっかく頑張ってコツコツ削ってたのに、こんなの意味がないじゃない。……今日こそは力になれるって思ってたのに」


 不貞腐ふてくされたように、コトハはっぺたをふくらませている。俺がワンパンで倒してしまったことをお気に召さないようだ。


 でも確かにコトハはけっこう頑張ってた。すぐダウンするかと思いきや、泣きながら必死になって戦ってたし。意外と彼女はファイターとしての素質があるのかも。


「そんなことない。コトハのおかげで時間が稼げたしすごく助かったよ。ありがとうな」


 ねぎらう意味で小さな頭に手を添える。彼女は特段、抵抗もせず……というかまんざらでもなさそうな顔をしている。もうちょっと撫で回してみよう。


「え、えっと、その……」


 するとコトハは反論もせず、もじもじと身じろぎし始めた。顔は火が出そうなくらい真っ赤になっている。


 まさか……尿意をもよおしたのだろうか。さすがの俺も携帯式トイレは用意していない。というかそんなアイテムは売ってない。


「いいもん、いつかアルトの分までわたしが倒してあげるんだから!」


 そう言ってコトハは何やらわめきつつ、どこかへと走り去ってしまった。


 あの反応を見るにやっぱりトイレだな。


「アルトくんよ、われも、われも頑張ったと思うのだが……」


 今度はフィイが釈然しゃくぜんとしない目つきで訴えてきた。


「それは知ってるよ。フィイがいなかったらあそこまで早く倒せなかった。感謝してる」


「そ……そうじゃなくてだな、われも褒美ほうびたまわりたいのだ。……ダメだろうか」


「褒美って?」


 聞き返しただけなのに、フィイは「ううぅ」と低い声でうなり始めた。心なしか睨まれてもいるような気がする。


 二人はいったい何なんだろうか。今日はコトハもフィイもちょっとおかしい。


「とりあえずクエストも終わったことだし、コトハを探しに行くか……」


 洞窟の中でうろうろしていた藍色髪あいいろがみを回収して帰路きろ辿たどる。コトハの顔色はしばらく赤いままだった。





※ダメージソース[小数点切り上げ]はGUIDEにございますので興味ある方はそちらでご覧ください。

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