031


「ねえアルト、ほんとにわたしたちあんな化け物を倒せるの!?」


 さっきまでの威勢いせいはどこへやら、コトハはヤカテストスの咆哮ほうこうで全身を震わせていた。


「えっと……怖いのか?」


「な――こ、これは怖いんじゃなくて武者震むしゃぶるいよ! このわたしが怖がるなんてそんな」


 悠長ゆうちょうに喋っているもんだから、フィールドボスが容赦ようしゃなく飛びかかり攻撃を仕掛けてきた。


 これくらいの敵になると、一発当たりのダメージは余裕で500を超えてくる。コトハにとっては即死攻撃も同然である。


「ひゃああああああああぁぁぁ!!?」


 コトハもそれは分かっているのか、戦闘不能にならないようにと、地面を転がったり、せわしなく飛び跳ねたり、それはもう必死になって回避している。


 いい眺めだ。しばらくこのままでもいいかもしれない。


「何をしてるのよ、はやく、はやく助けてよ! アルト、アルトさん、アルトさま!」


 ヤカテストス――フィールドボスはHPが低いプレイヤーを優先的に狙うようプログラムされてるんだけど、たぶんあいつはそんなことも知らないんだろうな。


 どうしよう、見たら面白いしもうちょっと泳がせておこうかな。


「この……調子に乗らないでよねトカゲもどき! わたしだって……やれるんだから!」


 だがコトハは腹をくくったらしく、一転してインベントリから二刀を取り出した。


 何とか当たるか当たらないかギリギリのところで通常攻撃をかませている。けっこう上手いなあいつ、思ってたより反応がいい。


 それでもやっぱり怖いのか、悲鳴は絶え間なく鳴っているが……。


「これこれ、アルトくんよ、あまりいじめていてはかわいそうではないか。きみのことだ、どうせあれを倒す算段が付いているのだろう。そろそろ助けてあげまたえよ」


 フィイがつんつんと俺の脇腹をついてくる。彼女の愛らしさに免じてそろそろ助けにいこう。


「いくぞアルトくん――悟れ、地の審判者よ、おののきて其前そのまえへ喜べよ、ブレス!」


 フィイが詠唱えいしょうをした直後、全身が淡い光に包まれた。バフの付与が成功した証だ。プロフを確認するとすべてのステータスが一割増しになっている。


 にしてもブレスってそんな詠唱あったんだ。以前はゲーム内の効果音や演出を非表示にしてたから気づかなかったけど思ってたよりカッコイイ。


 フィイの幼い声でつむがれているっていうのがなかなかいいギャップだ。


 一方で俺はウォークライを発動。これでさらにステータスが一割増し。バフ屋で貰ったステータス上昇効果も含めると計三つのバフが掛かっている。


 これだけでも十分な火力の底上げにはなっているだろう。だがこれで終わりではない。


「それじゃあ仕上げに――〝調整〟するか」


 絶賛ぜっさんヤカテストスから猛攻撃を浴びているコトハの前に立って、あえてダメージを受け続ける。通常攻撃とか水のブレスとかそこそこ痛い。


 俺はすぐに瀕死ひんしになった。HPゲージが赤く点滅している。


「アルト大丈夫!?」


 そんな俺を見てすぐさま駆け寄ってくるコトハに、手で制止の合図を送る。


「ただの調整だ。言っただろ? 俺は瀕死になると強くなるスキルを取っているって」


「だけど、一発でもあたったらダウンしちゃうのよ。そんなの危険すぎる!」


 コトハの意見はおそらく正しい。実際〝激震〟なんてマゾスキルは大半の新人冒険者は避けるし、見向きもしないだろう。だけど俺にとってはそうじゃない。


 たかが死にかけになってステータスが1.5倍もされるなんて、何という神スキルだろうか。一発でも攻撃を受けたら即ダウンなら――ただの一発も受なければいいだけだ。


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