007(セスタスの森)


 森の半ばほど踏み入ったところで、ついに狩りが始まった。


 四方八方、辺り一面モンスターの海。群青色の毛並みの狼ワーウルフ、犬の顔に人間の体を持ったコボルト、更には二足歩行のトカゲもどきリザードマン。


 それらが絶え間なく波のように押し寄せてきては俺たちへと襲い掛かる。


 最序盤のマップの中でも破格の〝湧き〟を誇るセスタスの森は、その圧倒的な魔物の数から、新米冒険者から「初心者殺しのMAPだ」と恐れられている。


 時には設計ミスだと不満があがることもしばしば。だがやり込み勢からすればそうじゃない。ここは初めに最も効率よくレベリングできる唯一無二のだ。決して設計ミスなんかじゃない。


「す、すごい、こんなにあっさりと倒せるなんて――」


 そんな魔物の波を余裕で蹴散らせるバフの恩恵によって、俺たちは間違いなく〝最速〟のレベリングを行っていた。


 なんのスキルもPSも必要としない。ただロンソを軽く振り回すだけで魔物はことごとく一蹴されていく。


 それもそのはず、バフのサージはモンスターに120の雷属性追加ダメージを与える。対してセスタスの森にいるモンスターどもはジャストHP100。


 これがステータスが低くても楽々とレベリングを行える方法――通称〝格上狩り〟だ。


「ハアアアアアアァッ!!」


 斬る、叩く、突く、払う。ロンソをぶんぶんと振り回す度に、LVアップを報せるシステム音声が鳴り渡る。


 Lvアップ、Lvアップ、Lvアップ、Lvアップ、Lvアップ……何の苦もなく悠々と経験値を獲得する俺たちはまさに〝無双〟状態だった。


「アルト、見て! スライムも倒せなかったわたしがこんなにモンスターを倒してる! 本当に夢みたい!」


 始めは不審げだったコトハも、今ではすっかり満面の笑みを咲かせている。たかだか攻撃力1の武器で、LV30のモンスターを倒しているんだ。きっと今までにない爽快感そうかいかんを味わっているに違いない。


 そうこうして〝ウェーブ〟が終わってひと段落ついた俺たちは、モンスターが襲ってこない安全区域、憩い場に足を運んだ。


「――ひとまずここで休憩しよう。ここならモンスターは襲ってこないし、ステータスポイントやスキルポイントも溜まってるはずだからな」


「ステータスポイント、スキルポイントって?」


「システムを開いてステータスを確認してみろ、そこにポイントが表示されてるだろ? ステータスポイントはLVが1上がるごとに1つ獲得できるんだ。ポイントを割り振ることでステータスが強化される」


「すごいわね……ポイントが27もあるわ。どれに振っちゃおうかしら」


 コトハはふふんとご機嫌に鼻を鳴らしている。反応がおもちゃ箱を前にした子供のそれだ。


 放っておくのも怖いし説明しておこうかな……。


「ステータスは体力、筋力、魔力、知力、幸運の五つがあるけど、初めは体力を多めに振っておけよ。ダウンする危険がかなり減るからな。筋力を上げると攻撃力があがる、でもどうせ最初はバフがあればワンパンできるんだ、振る必要はほとんどない」


 聞いているのかいないのか、コトハはうんうんと何度も首を縦に振っていた。


「それでそれで、他のステータスにはどんな意味があるのかしら」


「魔力は魔法攻撃力、だから俺たち物理職には関係ない。あとはクリティカルが発生しやすくなる知力と、モンスターからレアアイテムがドロップしやすくなる幸運。ここも今は振らないでいい。ポイントが27あるなら20は体力に――」


「そういうことね分かったわ!」


 コトハはやけに物分かりがよく、ささっとステータスを割り振ってシステムを閉じた。


「さあ早く狩りの続きにいきましょう! レベリングはまだまだこれからよ!」


 そして早足で立ち去ろうとするコトハ。――どうも動きが怪しいな、何かを隠そうとしていないか? さてはこいつステータスを。


「……」


 遠くからコトハに向かってタッチをすると彼女のプロフィール情報が開示された。便利なことにクリックする要領で他人のプロフを見れるようだ。


 そしてそこに記載されていたコトハのステータス情報とは……。


「体力1、筋力28、魔力1、知力1、幸運1……あのぉーコトハさん、これはいったい?」


 俺の提言も無視して、全てのポイントを筋力に全振りされている超絶地雷ステータスがあった。


 体力1なのでHPはたったの100。つまづいて転んだら死にそうなほどの紙耐久である。


「いやその……つい出来心で、せっかくだし火力が高い方がカッコイイなあとか」


「お前クビな」


「そんな――ねえ待って、アルト、アルトさん、ねえってば!!」



 しがみついてくるコトハを無視して歩き出す。おかしいな美少女からの抱擁なのにまたもやあんまり嬉しくない。


 とりあえずこの紙耐久のファイターさまはどう生かしていていけばいいのだろうか。考えれば考えるほど頭が痛くなるから、俺は無心でレベリングに戻った。

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