006


「何だ坊主? まさかお前もたてつくつもりなのか?」


 ダグニアの威圧するような眼光を、真っ向から睨み返す。俺にはそんな安い脅しは通用しない。


「悪いがそいつは俺のパーティーメンバーなんでね。煽られたとなっちゃ黙っていられない。――なあ、あんたここは俺と賭けでもしないか」


「賭けだと?」


 うろんげに眉根を寄せるダグニアに、話を続ける。


「ああ、ルールは簡単。明日の朝までに俺たちがお前のLvを追い越す。追い越せたら俺たちの勝ち、追い越せなかったら俺たちの負け。負けた方は勝った方に武器をひとつおごる。こんなところでどうだ?」


「はっ、馬鹿も休み休み言え、たった一日でLvを30も上げるつもりか? いくら何でもそいつは無謀に過ぎるってもんだぜ坊主!」


 ダグニアの勝ち誇ったような笑みに合わせて周りの男たちが野次を飛ばす。やれペテン師だ見栄っ張りだとひどい言い草だ。


「ちょ、ちょっとねえアルト、明日の朝までにってそんな無理に決まってるじゃない。わたしたちまだLv1なのよ!?」


 コトハが驚愕きょうがくあらわに口を挟んだ。

 

「いいからいいから俺を信じろって、後で笑うのは俺たちだ。――それで、この賭けに異論はあるか?」


「んなもんあるわけねえだろぉがよ、こんなうまい話乗らねえほうがおかしいってもんだぜ」


「決まりだな。それじゃあ早速おいとまさせてもらおう」


「――待て。これだけ大ぼら吹いて逃げられたんじゃあたまらねえ。坊主、俺のフレンド申請を承認しな。フレンド登録してあるとどこにいるか分かるからな。もっとも、怖くて通せねえってんなら話は別だが」


 フレンド申請と言われて、はたと思い至る。――そう言えばこの世界だとインベントリやステータス、スキルツリーってどこで確認するんだ。周りを見渡してもそれらしいモノはなさそうだけど。 


「なあ、フレンドってどこで見るんだ?」


「何言ってやがる、冒険者の徽章きしょうに触れれば出てくるだろうが。そんなことも知らねえのか!?」


「おぉ……これは便利だな」


 服の肩部分にはめ込まれた徽章に触ると、インベントリ、スキルツリー、フレンド情報、ステータスなどなど、ADRICAで見たものと同様のユーザーインターフェースが展開された。眼前の電子パネルにタッチすると操作が行えるらしい。

 

 同様にダグニアも徽章に触れ、プロフィール情報を開示する。プロフに記載されている固有のIDをフレンド申請欄に入力すると、申請は完了。すぐに俺たちはフレンドになった。……こんなに嬉しくないフレンドは初めてだ。


「それじゃあ坊主、明日の朝に集合だ。絶対に逃げるんじゃねえぞ!」


 ガハハと今どき聞かない笑い声をあげながら、大男は去っていく。それに応じてそそくさと退出していく取り巻きども。長い物には巻かれよっていうのは、どこの世界でも一緒なんだな。


「……」


 だが一人の男だけは違った。腰に短剣を帯びた中肉中背の男――クレイはダグニアが去った後も、ジッと俺たちを睨んでいた。


 プロフを確認したところ彼も冒険者のようだ。Lvは15、まだまだこれからといった同じ駆け出し冒険者だな。


「Lv1のくせにイキりやがって。お前たちなんかダグニアさんの足元にも及ばねえよ。つくづく気に食わねえ、生意気だ」


 とまあクレイはぶつぶつと捨て吐いている。彼はダグニアの熱烈なファンのようだ。腰巾着こしぎんちゃくその一である。


「言っとくけど喧嘩を売ってきたのは向こうからだぞ。何を勘違いしているのか知らないけどさ」


「舐めた口をききやがって、俺はLv15のクレイさまだぞ! 意見してくるんじゃねえよ……くそ、やっぱりこいつは許せねえ」


 クレイは勝手に盛り上がっているらしく、親のかたきみたいな目で俺を見ている。

 

 そして彼は腰から短剣を引き抜くとその切っ先を俺に向けて、


「決闘だアルト! 今すぐ俺と決闘しやがれ!」


 と大声を張り上げた。


 何となくこうなるとは思っていたけど……この手のは説得するよりも分からせた方が早い。レベリングもあることだしとっとと済ませよう。


 どうやら決闘機能もまたゲーム通りにあるようで、クレイが吠えるや否や目の前に決闘申請画面が表示された。


〝クレイLv15 から決闘の申し出がありました。 《承諾/拒否》〟


 承諾ボタンを押すと決闘が始まる。ルールは〝一本勝負、今のMAPを適用、消費アイテムの使用不可〟で先にHPが尽きた方の負けのスタンダードな条件だ。


 さすがに丸腰のまま戦うわけにはいかない。そう思いインベントリからロングソードと盾を取り出し、承諾ボタンを押した瞬間のことだった。


「くたばれぇ――新米冒険者ああぁ!」


 挨拶もなしに飛び掛かってくるクレイはもはや冒険者ではなく蛮族ばんぞくと呼ぶにふさわしかった。


 両手に握った短剣で俺を刺し貫こうとしている。だが、


「何ッ――」


 ナイフの切っ先が俺に迫ったタイミングで、持っていた盾を横に薙ぎ払う。


 同時に一切の身動きが取れなくなるクレイ。彼は自分の身に何が起きたかを理解していないようだった。


 パリィ――それは被撃ひげきする直前で攻撃をはじき返し無効化すること。対人戦においてもっとも重要なプレイヤースキルのひとつ。


 近接攻撃をパリィされた者はその反動でわずかな時間、一切の行動がとれない無防備状態に晒される。本来、軽率な接近攻撃は自重するべきなんだ。


「パリィも知らないとは……確かにこれはだ」


「クソが、てめえええぇぇ――!」


 これ以上長引かせるつもりもない。無防備となったクレイの体にロングソードを叩き付ける。


「がっ……」


 低レベルでHPが低いクレイは一発でノックダウン。すぐさま地面にひれ伏し戦闘不能状態となった。


      ◇


「あ、あのさ……」


 武器屋を出ると、コトハが歯切れ悪そうに呟いた。もじもじしているし、もしかすると催したのかもしれない。


「ん、なんだ? トイレならあっちだぞ」


「違うわよ! じゃなくて、その――ありがとう。庇ってくれて。あいつらに馬鹿にされてすごい悔しかったから、まだどうなるか分かんないけど、少しだけスッキリした」


「まあな……ああいうのは俺もムカつくよ」


 MMOじゃあ突然レベルやステータス、装備でマウントを取ってくるやつがごく普通にいる。いつどこで喧嘩を売られてもおかしくない世界だ。だからこそ俺は誰にも負けないように最強になったんだっけな。


 そういう意味では、負けず嫌いのコトハも俺と似たような考えを持っているのかもしれない。


 言われたまんまじゃやっぱ悔しいよな。だから家を飛び出してきてまで冒険者になったんだろう。……まるで昔の俺を見ているようで懐かしい気もする。


「ほら早く行くぞ。もう昼過ぎだしいつまでものんびりしてられない」


「――うん!」


 街の外へと踏み出し、広大な草原を抜けて、セスタスの森に入る。


〝この地域の適正Lvは30以上です、本当に入りますか?〟


 踏み入れる直前、予想通りシステムが警告を飛ばしてきたが関係ない。


 俺たちは森の中へと侵入した。

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