アウラ

002,003


 ここは……どこだ……?


 目に映る景色はまったく知らないどこかだった。


 木目調もくめちょうの天井と床、そして特にこれといった物は無い質素な部屋で、何故か俺はベッドに入っている。ここは俺の部屋なのだろうか。思い出そうとしても分からない。


 いや……記憶にないのはこの部屋に関することだけじゃない。俺は自分自身についてすら分からなくなっていた。


 今まで何をしてきたのか、俺はいったい誰なのか。どう足掻いても記憶の糸をたぐれない。


 だけどひとつだけハッキリとしていることがある。それはVRMMORPGのADRICAに関することだ。ボスモンスターの攻略法からレベリングルートまで鮮明に思い出せる。


 待てよVRMMOというと……そう言えば次世代機版でプレイしてみようとVRセンターに来ていた気がする。カプセルに入っておねんねしたらこの光景だ。つまりここはゲーム世界ということか?


 オブジェクトはかなりリアル。というか本物にしか見えない作りだ。思わずゲームであることを忘れてしまうくらいの出来栄えである。


 そして俺の頭上には〝Lv1 アルト〟という表記が。どうして勝手に名前が付けられているのか疑問だが……まあいい。前作でやり込んだハンネと一致してるから文句はつけないでおこう。


 職業はファイターとなっている。本来はキャラクター生成時にファイター、アーチャー、マジシャン、オペレーターの四種から選択できるんだけど、強制的に一般的なジョブに振り分けられたようだ。


 だけど不満はない。もともとファイタージョブを選択するつもりだったしこのジョブにはとんでもなく強い隠しジョブがあるからだ。


 手足、首、頭――いざ動かしてみると体は問題なく動作した。意識もハッキリしているし生身の肉体と変わりない。


 しかし……肝心のログアウトボタンはどこだろうか。確かゲーム世界から切断するボタンがあると聞いていたような気がするけど、視界内にそれらしきモノは一つもない。


 かなり不安だ。俺は記憶があいまいなまま一生この世界から出られないのだろうか。いや……


〝メインクエスト 魔王を討伐しよう!〟


 右上――視界の端にクエストウィンドウが小さく表示されている。もしかしてこれをクリアしないと出られないということか? 悪い冗談にもほどがある。そもそも俺はストーリーを進めるよりも、早く強くなりたい効率厨だからなあ……あんまりやる気が起きない。


 とりあえず俺はADRICAに来てしまったということだろう。このまま寝ているのもあれだし、ひとまず起きて状況整理をしよう。


「あら――やっと目が覚めたのね」


 そう思いちょうど身を起こした時のことだった。


 藍色あいいろ髪の少女が扉を開けて入ってきた。愛想の良い笑顔でジッと俺を見つめている。

 

 少女の体つきには凹凸おうとつがなく、良く言えば細く締まっている。


 年は高校生くらいだろうか。見知らぬ面構えながらその端正たんせいな顔立ちには目をひかれる。……どこか……どこか見覚えのある顔だ。


「えっと君は、ていうかここどこ?」


「わたしは見習い冒険者のコトハよ。道端で倒れているあなたを宿屋まで運んできたの。つまりわたしはあなたの恩人っていうわけ」


「それは……ありがとうございます?」


「あら、思ったよりもつれない反応ね。もっと感謝してくれてもいいのに」


 言いながらコトハは俺の顔を覗き込む。さも何かを期待しているような風だ。


「俺は冒険者のアルトだ。いかにもな口ぶりだけどお礼が目当て……なんだろうか」


 コトハは隠す素振りもなく頷いた。


「あら、よく分かったわね。実は込み入った話があるのよ」


「あいにくだけど俺は無一文だ。助けてくれたお礼はしたい、でも金目の物は持っちゃいないぞ」


「知ってるわよ、寝てる間に物色したしそれに、わたしの頼みってお金のことなんかじゃないし」


「さりげなく物騒なこと言ってんじゃねえよ……」


 そう小言を挟んでも、コトハは悪びれるどころか子供っぽさのあるあどけない笑みを浮かべるばかりだった。

 

 ……というかそもそもコトハなんてNPCエヌピーシーはいなかったはずだが。まさか次世代機版のADRICAでは少し仕様が違うのだろうか。


 いや違うな。ここまで会話が通じていることを考慮しても彼女がシステムであるとは考えにくい。まさか彼女は俺と同じプレイヤー?


 考えてもまるで分からない。今はとにかく話を進めよう。


「それで話というのは?」


「えっとね、実は……」


 そこでコトハは恥ずかしそうに顔を真っ赤に染める。もじもじとした態度からは、彼女が並々ならぬ思いを抱えているのだとうかがえた。

 

 彼女は俺に何をお願いしようとしているのだろうか。


「アルトに……わ、わわ、わたしのパーティーに入って、一緒に冒険をして欲しいの!」


「……はい?」


 遂に打ち明けられたコトハの願いとは、しかしあまりにも突拍子もなくそして何故か嫌な予感をもよおすのだった。


「悪いけど言ってる意味がよくわからない。冒険に出たいのならソロで行けばいいじゃないか」


「何を言っているのよ、Lv1の冒険者がソロでなんて、そんなの自殺行為。モンスターに返り討ちにあって酷い目を見ることになるわ!」


「いや、流石にスライムくらいは倒せるはずだけど……」


 そこでコトハの反論はぴたりと止まった。同時に、嫌な予感が胸の奥底から絶えず込み上げてきて仕方ない。……間違いない、こいつは絶対にだ。


「なあ、倒せるよなスライムくらい?」


「……」


「あのぉー、もしもーし、コトハさーん?」


「……ぇ、あぁー、まぁね、うん」


 コトハはせわしなく視線を泳がせている。――こいつ、さてはスライムも倒せないのに冒険者になった口だな。その生意気な性格からしてきっと自分なら最強になれると思い込んだに違いない。


 悪いけど、さすがにスライム一匹すら倒せないやつとパーティーを組む気は起きないぞ。彼女との縁はここまでにしよう。


「さて――それじゃあ俺はここで」


「ちょ、ねぇ待って、アルト、アルトさん、アルトさま!」


 立ち上がるとコトハにしがみ付かれる。おかしいな、美少女からの抱き着きなのにあんまり嬉しくない。普通はこう、胸の感触にどぎまぎしたりするのがお約束ではないか?


「だいいち、どうしてコトハはそこまで冒険したいんだ? 見た感じとても冒険者って感じの風貌ふうぼうじゃないけど……」


 コトハの服装は清潔感があり、彼女自体も身だしなみが整っている。とても泥臭い新人冒険者とは思えない。おまけに顔立ちもいいから、見た目はどこかのご令嬢さまといったところだ。


「わたしはその、家を飛び出してきたのよ。〝ひ弱なお姫さま〟だなんだって言われてムカついちゃったから……くだらない家族喧嘩みたいなものね。だけど決めたの。わたしは絶対に一流の冒険者になって見返してやるんだって!」


 コトハはぐぬぬ、とうなりながら虚空こくうをにらんでいる。そうとうご立腹な様子だ。


 いやはやそれにしても、コトハがマジもののお姫さまだとは思わなかった。


 ……あれ、お姫さまいうことは彼女はこの世界で育ったのか? ここは電脳世界のはずだが、いまいち状況がつかめない。


「まあとりあえず、そんな経緯があって俺に頼み込んだというわけか。だけど俺である理由がよく分からない、冒険者は他にいくらでもいるだろ」


「そんなこと、分かるでしょ。だってスライムすら倒せない冒険者となんて、誰も組みたがらないもの。……今までにもさんざん馬鹿にされてきたわ」


 コトハはしょんぼりと肩を落とす。


 冒険者とは現金な生き物で、徹底して実力主義だ。Lvや装備でマウントを取り合うことなんて日常茶飯事。俺もそういう経験があったからこそ、悔しくて誰にも負けない最強の冒険者になった。


 だから彼女の気持ちは痛いほどわかってしまう。……まったく仕方ないな。どこのどいつかは知らないが、彼女をさげすんだやつを見返せるようになるまで、面倒を見てやるか。


「話は分かった、ひとまずはコトハに同伴するよ」


「え、ほんとにいいの!?」


「ああ、お前の気持ちは分かるからな、助けてくれた恩もあるし。――ちなみに俺の目的は魔王の討伐だ。そのために最短ルートでレベリングしていく。だから俺の指示には従ってくれよ」


「分かったけど……魔王の討伐なんてできるの? アルトもLv1の冒険者なのに」


「さて、それはどうだか。とりあえずついてきてくれ。コトハにを見せてやるよ」


「いいものって? ねえレベルを上げるのなら、まずはギルドに行ってクエストを受けないと――」


 コトハの言葉にも構わず一室を出る。レベルを上げるためにクエストをこなすというのは、新米冒険者が陥る罠だ。最も時間効率がいいレベルの上げ方を俺は知っている。そしてそのやり方も。


「俺たちがこれから行く場所はギルドじゃない――能力付与バフ屋だ」


「バ……バフ屋!?」

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