15話:いつかの七夕


「その、反応。やはりか」


 竜韻寺先輩がそれだけ言うと、僕達を手招きした。


「色々と話すことがある」

「だってさ。僕もある程度は説明したんだけどね」


 ソファは四人掛けなので、琥乃美の左右に紫苑と稲荷川が座り、紫苑の横に僕は座った。


「事情は聞いた。単刀直入に言おう。私はこの現象に非常に迷惑している。そしてそれが、石瀬一里、お前にその原因があると考えられる。異世界なんてバカバカしい話を私は信じられないが……実際にこうして見てしまうとな」


 竜韻寺先輩がため息をつきながら、自分の頭に生えた角を撫でた。


「そもそもだ。調べさせたが、異世界で長い旅を出来るほどの期間、お前が学校を休んだ形跡もない」

「それは……僕が異世界へと行った日付時刻と帰ってきた日付時刻がほぼ一緒だからです。時間の流れが違うと説明されましたが」

「なるほど。まあ、そこを疑っても仕方がない。ならばそういう事にして一旦、しておこう。それで? なぜこうなったかは、心当たりがないのだな?」


 竜韻寺先輩がその綺麗な碧眼で僕を見つめた。吸いこまれそうなほど、綺麗な目だが、視線は鋭い。


 ここでクカの事を話すわけにはいかない。


「ない……です」

「ふむ。まあいい。そういうことにしておこう」

「まさか、それだけの為に僕達を呼んだわけじゃないだろ?」


 琥乃美の言葉に、竜韻寺先輩が肯首した。


「もちろん。今、私達に起きている現象は、〝獣憑き〟というものらしい。これが同時に、同じ学校の生徒四人に起こったとなると、大問題らしくてな。放っておくわけにはいかないと、私に指示があった。だから、こうしてお前達を呼び出したわけだ」

「でも、具体的にはどうするんですか? 原因も謎、解決方法も謎ですし」


 咲妃の言葉を受けて、竜韻寺先輩が口を開く。


「私も詳細は知らされていないが、どうやら、石瀬一里、お前がやはり鍵らしいな。いずれにせよ、私には君達を手元において監視しておけという指示があった。というわけで、臨時で作った生徒会執行部に所属してもらう。と言っても形だけだがな。しばらくは部活動も控えて欲しいのだが……そもそもさほど積極的に部活動をしていない面子だ、問題なかろう」


 なんか話が大きくなってるし、生徒会執行部に所属?

 

「執行部ね。何をするでもないのに執行部とは、中々に皮肉が効いているね。まあ僕は反対しないさ。拒否できるとは思えないし」


 琥乃美の言葉に紫苑と咲妃が続いた。


「……あたしは構わないけど。最近入ったばかりだから、部長には申し訳ないかも」

「私はどっちでも~」


 そして残った僕へと視線が注がれた。いやいや、ここに来て嫌ですなんて言えるわけがない。


「もちろん、僕も全力で協力するよ」


 何より、この提案は、僕にとってはある意味渡りに船だろう。


 ついに現れた四人目の魔獣。それが、かつて僕が使役していた中でクカと双璧を為す問題児だった、ブラックドラゴンだったと分かり、僕は色々と察しがついたのだ。


 何よりその依代になったのが、全く接点が無いはずの竜韻寺先輩だ。もしこの提案が無ければ、彼女と普通に会話することすら難しかっただろう。


 つまり……僕はこの動きに、意図的な何かを感じていた。


「竜韻寺先輩。一つ確認して良いですか?」

「……手短にな」

「上からの指示とありましたが……その中に、賀茂と呼ばれる人はいませんでしたか?」

「なるほど。既に接触済みと聞いていたが、そうか。なら話は早いな。以上か?」


 答えになっていないが、そういうことなのだろう。


「はい」

「では、解散だ。今後定期的に、週に一回程度になると思うが、こうやって集まってもらって症状の確認を行う。ので、その時は用事がある場合を除いて、ここに来るようにして欲しい」

「えー何もしないのでしょ? 私帰りたいんですけど」


 咲妃が空気読まずにそんな事を言いだした。まあ気持ちは分かるが。


「なら、お前はいい。だが、石瀬一里、お前は必ず来い。言っておくが、この中でお前が一番、当事者なんだからな」


 まあ、そらそうだね。まあこちらとしても都合が良い。


「分かりましたよ」


 僕の言葉を聞いて、隣の紫苑が頷いた。


「……じゃああたしも」

「僕もそうするよ」


 紫苑と琥乃美の返事を聞いて、咲妃が頬を膨らませた。


「ええ……なんでそんなみんなやる気なんですか。私は帰りますからね。じゃあ先輩らは勝手にイチャコラしててください」

「イチャコラしないっつの!」

「紫苑先輩が一番怪しいですね……」

「ふむ、では僕が人肌脱ごうか」

「琥乃姉は本当に脱ぎそうで怖いからだめ」


 咲妃達が騒いでいる中で、竜韻寺先輩は口を閉じ、ただ僕を見つめていた。


 その瞳に浮かぶ感情を、僕は読めない。



☆☆☆



 放課後。

 紫苑は用事があると言って、帰っていった。僕は、さて本屋でもよろうかと考え、駅前へと向かおうとしていた。


 そんな時に、僕は見知った背中を見付けた。


 小さく、跳ねるように歩く後ろ姿。何より、九本の尻尾を見間違うはずがない。


「咲妃、帰りか」

「げっ、石瀬先輩」


 咲妃は嫌そうな声を出しつつ振り返った。耳の動き方からすると、完全に嫌というわけではなさそうだ。


「げっ、とか言うなよ」

「ちょっと可愛い女子と会話できるようになったからって調子乗ってません?」

「乗ってない。今だって、その耳と尻尾があるから話せるようもんだよ」


 そう、相変わらず僕は他の女子とは会話が出来ない。仕方ない、そうなってしまったのだから。

 だけど、少なくとも、紫苑と琥乃美と咲妃とは会話が出来る。ああ、あと竜韻寺先輩もか。


 それが僕には嬉しかった。紫苑といて、琥乃美や咲妃と話せるようになって、凄く楽しかった。


 だから。こうして並んで歩いて、話しているだけでも僕は嬉しいんだ。


「……石瀬先輩はどこ行くんですか」


 隣で、渋々ながらも一緒に帰る事にした咲妃がそんな事を聞きながら、尻尾の一本を撫でる。どうやら気に入っているようだ。


「本屋だよ。そっちは」

「……本屋です」


 奇遇だな。


「じゃあ一緒に行くか」


 僕がそう気軽に誘うと、一瞬咲妃の耳がピクリと動いた。あの動きは驚き、それと、嬉しさだ。


「石瀬先輩……ほんとに昔みたいですね」

「ん? どういうことだ?」

「別に。昔はあんなにモテてて女子とも喋れてたじゃないですか、石瀬先輩」

「小学校の頃の話だろ」


 モテ期は小学校の時に消費しつくしたなんて笑い話にもならない。


 それに、それ以降は暗黒期だ。思い出したくもない。


 そんな事を考えながら歩いていると気付けば、もう駅前についていた。小さな街のわりにそこそこの規模の本屋は、カフェも併設しているせいもあってか、それなりに人の出入りは多い。見れば店舗の先には笹が飾ってあり、短冊がぶら下がっている。


 その入口の前で、咲妃は前を向いたまま僕にポツリと呟いた。


「石瀬先輩は、今日はですね」

「ん? ああそうだな」


 そうか、もうそんな季節か。僕の言葉を聞き、咲妃が小さく息を吐いた。


「石瀬先輩は全部置き去りにしてきたんですよ。約束も思い出も全部忘れて」 

「どういうこと?」

「私にとってのはまだあそこに取り残されている気がするんです……。じゃ、私はこれで」


 そう言って、咲妃が駆け足で本屋へと入っていった。


 僕はその背を見つめる事しか出来なかった。

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