14話:僕のシックスセンスが囁く


「一里、どうしたの? ぼーっとして」


 犬耳をピコピコ動かしながら、紫苑が首を傾げた。


「ん、いや。なんでもない。どう? リクエストのオムライス」

「美味しい! 一里はやっぱり凄い」

 

 紫苑が作ってほしいと言ったオムライスを作ったのだが、口に合ったようで何よりだ。ケチャップを相変わらず口の端に付けているので僕はティッシュをその口元へと持っていった。


「というか、私が休んでいる間になんで紫苑先輩が文芸部に入っているんですか? ここはイチャラブする為の場所じゃないんですけど?」

「イチャラブしてない!」


 昼休み。文芸部の部室で、僕と紫苑、そして咲妃の三人で弁当を食べていた。三田部長と他の部員達は離れた位置で恨めしそうにこちらを見つめている。


 あの鍋をした日から数日が経っていた。賀茂さんはああ言っていたが、紫苑達に変わった様子はない。強いて言えば、前まで見えたり、見えなかったりした耳と尻尾が常に見えるようになったぐらいだろうか? それでも僕らの日常は変わらない。時々僕が紫苑の分の弁当を作り、部室で食べる。咲妃も次の日からは学校に来ており、一見すると前と同じ様子だ。


 最初はぎゃあぎゃあとうるさかったが……いつもコンビニ飯である咲妃の分まで弁当を作ってあげると言ったら、渋々ここで食べるのを許可してくれた。いや、別に咲妃の許可があろうがなかろうがここで食べるつもりではあったが。


 狐耳も尻尾も生えている咲妃が唐揚げを箸で割りながら、紫苑と仲良く口喧嘩をしている。


「ちょっと、一里からも言ってよ!」

「え? あ、ごめん聞いてなかった」

「ほら、これですよ。石瀬先輩はいつも肝心な時に、聞いていないんですよ」

「悪いわるい。で、何の話?」

「もう良いです。ほんと紫苑先輩って見た目の割に男の趣味がちょっとアレですよね」


 咲妃が僕をジト目で見つめてくる。何が言いたいんだこいつ。


「僕を見て言うな」

「だからそういうのじゃないんだってば」


 紫苑がため息をつく。その反応はその反応で悲しくなる。


「じゃあ、なんでいつも一緒にいるんですか?」


 咲妃が意地悪そうにそう聞くので、紫苑が声を潜めた。


「……この耳と尻尾を解決する為よ。あんたも一生それじゃ嫌でしょ」

「琥乃姉はそうでもなさそうでしたけどねえ。まあ私は嫌ですしさっさと何とかして欲しいと思ってますけどね」


 そう言ってジト目で僕を見る咲妃のその瞳の奥でクカが笑っているのが見える。あの女狐め……。


 結局僕は、クカや賀茂さんについて、紫苑の琥乃美には話さなかった。

 そうした方が良いと、賀茂さんに言われたからだ。


 僕は、そのアドバイスを完全に信じたわけではないけど、多分その方が、まだ取り返しがつく気がしたのは確かだった。


「と言っても、どうしたら良いか全然検討もつかないけどね」

「ですよねえ。一番事情を知ってそう、かつ根本的な原因である石瀬先輩がこんな有様ですし」


 咲妃がそう言って、わざとらしくため息をついた。


 しばし沈黙が流れる。しかしそれはすぐに部室の壁に内接されたスピーカーによって打ち破られた。


『呼び出しです。2-Aの石瀬一里さん、同じく2-Aの犬崎紫苑さん、2-Cの山月琥乃美さん、1-Aの稲荷川咲妃さん。至急、生徒会室へと来てください。繰り返します、2-Aの石――』


 ん? 呼び出し?


「おいおい、お前ら何をしたんだ!?」


 慌てた三田部長がそう僕らにまくし立てた。僕らは首を捻るばかりだ。


「いや……理由が全く思い当たりません」

「じゃあなんで文芸部の部員が三人も直に呼び出しを喰らうんだ」


 三田部長の言う事はもっともだが……


「でも、もしこの部の問題なら、部長も一緒に呼ばれるはずでは?」


 紫苑の言葉に、三田部長が考え込み、そして頷いた。


「確かに」

「偶然ですよ。だけど、早く行った方が良さそうだな。行こう、紫苑、咲妃」

「だーかーらー学校ではそう呼ばないでください!」


 咲妃の抗議を無視して僕らは手早く弁当を片付けて、部室を後にした。僕は何だか嫌な予感がしていた。


「なんだろ。呼び出されて四人の共通点は……あの日に鍋をした、ぐらいしか思い付かないけど」

「不純異性交遊で罰則! だったりして。その時は全部石瀬先輩のせいにしましょうね紫苑先輩」

「んなわけないだろ」


 僕らは駆け足で校舎へと戻り、三階へと上がる。廊下の奥に生徒会室がある。

 その扉の前に立って、すでに僕は第六感で気付いていた。


 この部屋の奥には、何かがいる。それも生半可なものじゃない。


 飛びっきりヤバいやつだ。


「失礼します。2-Aの石瀬です」


 少し躊躇うも、今さら引けない事は分かっている。僕が扉をノックすると、中から入れという短い返事があった。


 僕はドアを開けて、中に入ると、そこには既に二人の人物がいた。


「ご苦労だったな、犬崎、稲荷川。座ってくれ」


 生徒会室の中央には対面に置かれた二脚のソファがあり、その奥側の方に座っていた背の高い美少女が、そう紫苑と咲妃を手招いた。僕には目線すら向けない。


 その美少女は、長い金髪を後頭部でアップしており、その下には綺麗に整った顔と、吸いこまれそうなほどに綺麗な碧眼があった。肌は白く、スタイルも抜群だ。制服のブラウスを押し上げているおっぱいといい、スカートから伸びる長い脚といい、海外の女優にしか見えない。


 この高校で、彼女の名前と顔を知らない者はいない。

 彼女の名前は、竜韻寺りゅういんじレイラ。


 僕らの先輩であり、この高校の生徒会長。ヨーロッパ系のハーフらしいが、詳しくは知らない。


 その美貌、カリスマ、そして学年トップの学力。間違いなくこの高校におけるトップオブトップであり、本来なら僕みたい陰キャとは接点は一切のないはずだ。


 そんな竜韻寺先輩の前のソファに座っていたのは、琥乃美だった。


「ようやく来たね。君らが全然来ないから僕は寂しかったぞ。この先輩を相手に一人でいるのは僕でも少々しんどいんだ」

「何を言うかと思えば。この私を相手にまともに会話できるのはお前ぐらいだぞ山月。誇って良い」


 竜韻寺先輩がそう琥乃美へと笑いかけた。

 

「とりあえず座れ、犬崎、稲荷川」


 だが、僕達は動けなかった。


 それは、竜韻寺先輩に畏怖して……というのが正解なのだが――やはり正確にこう言うべきだろう。

 

 僕らは、背中に黒い翼を、頭には黒曜石のような輝きを放つ角を二本を生やし、まるで竜のような尻尾を背後で揺らしていた竜韻寺レイラを見て――動けずにいたのだ。

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