16話:八年前
夜。
僕は本屋で買った、漫画の新刊を読んでいると、スマホが鳴った。
「ん?」
見た事のない番号だ。僕は、何となくそれが誰であるか分かった気がした。
『よお、少年』
それは賀茂さんの声だった。
「どうやって調べたんですか……は愚問ですね。学校にまで手を回していたとは驚きです」
『かはは、一応、国家公務員様だからな。権力は使ってなんぼだよ。しかし、まさか最後の一体が竜とはな。俺も驚いたさ』
「……正確にはブラックドラゴンですね。人類には非友好的魔獣で、正直僕もテイム出来たのは奇跡と偶然意外のなにものでもなかったです」
『じゃあ、そのブラックドラゴンとやらも、お前は知っているわけだ』
「はい」
『……偶然だと思うか?』
「まさか。魔狼、ナインテール、人虎、ブラックドラゴン。その全部が……異世界での旅の最後まで付き合ってくれた仲間達です。クカの言った通り、僕に会いに来たというのがやはり正しいかもしれません」
『そこはその通りなんだろうが……あまり過信しない方が良いぞ。後で痛い目に合う。曖昧なところは曖昧なままにしといた方が良いこともある』
「はあ……」
その後、賀茂さんと現状について確認し合った。
『まあ、そんなところだな。満月を越えて、一見すると獣化が安定しているように見えるだけだが、気を付けろ。本当に変わっているのは内心面だ。テイムを使った相手に関しては、おそらく君に対する欲求、不満、その辺りが願望となって現れる可能性が高い』
「欲求、不満……ですか」
『そういうことだ。ちゃんと、見て、気付いて、察してやれ。じゃあ、頑張れよ少年。また連絡する』
そう言って賀茂さんは電話を切った。
「見て、気付いて、察するか。陰キャには難易度が高すぎるよ……」
しかし、内心面の変化か……。紫苑は僕が見る限り変わった様子はなかった。琥乃美もそうだし、竜韻寺先輩はそもそもちゃんと面と向かった会ったのは今日が初めてだ。
となると、やっぱり気になるのは……咲妃だ。
「七夕がどうのって言っていたな、そういえば」
僕は壁にかけてある、母さんが好きな男性アイドルのカレンダーを見つめた。やっぱり今日は七月七日だ。
だけど、それがどうした。というのが正直な感想だ。咲妃が特別、毎年七夕を特別視していた記憶はない。と言って今年に入るまでは咲妃とは疎遠になっていたので、確証はないが……。
「意味の無い言葉に惑わされすぎか?」
僕は念の為、この間交換した琥乃美のラインへとメッセージを送った。まるで、見ていたかのように、すぐに返信があった。
『ん? 咲妃と七夕についてだって?』
僕もそれに返していく。
『ああ。今日、そんな事を言っていたから』
『僕は知らないな。昔、なんか七夕ぐらいの時に咲妃が何やら落ち込んでいた記憶はあるけど」
『落ち込んでいた?』
『失恋したとか何とか。と言っても小学校に入ったぐらいだった気がするけど……いや思い出した。あれは確か小二の時だったな。八年前だな』
『よく覚えてるな』
『覚えているさ。僕からすれば、当事者である君が忘れている方が驚愕だよ』
ん? 当事者?
『まあ、あの時に君にとっては。日常茶飯事だったかもしれないから覚えていないのも無理はないか。まあいずれにせよ、幼少期の頃の話だし、気にする事はないさ。じゃ、僕は勉強するから。君もそろそろ受験を意識したまえ』
最後に、なんだかえらくシュールな動物のスタンプがついた。
「八年前……か」
それでも思い当たる節がない。咲妃が失恋した。そして当事者が僕であるとなると考えれる可能性は一つだろう。
だけど、僕の記憶にはない。
「いや……そういえば七夕に咲妃と一緒に……」
僕は脳内に引っかかるその記憶を口にした。その途端に、僕は思い出した。
そう、あの八年前を。
☆☆☆
それは遠い日の情景だ。
「
「大丈夫、大丈夫! ほら、手を繋いであげるから――行こう咲妃」
僕が小学校三年生の時で、咲妃が一つ下の二年生だった時だ。
僕らは七夕の夜にお互いの家を抜け出して、とある場所に来ていた。
街を見下ろす高台にある、大きな学校――僕と咲妃が将来通うことになる桜誠高校だ。
「ねえ……一兄……もうUFOは良いよ。帰ろうよ」
「もうちょっとだから!」
晴れた夜に桜誠高校に行くと、UFOが見れる。そんな噂が小学校で流れており、まだ活動的でアクティブだった僕は、それを見たいと思ったのだ。そして咲妃にも見せてやりたいと思って連れ出した。
フェンスが破れている場所があると教えてもらっていたので、その場所を通って中に入る。そして、噂通り、校舎の屋上へと繋がる非常階段の鍵は壊れていた。
さび付いた音を響かせて開くその扉の音にびびりながら、僕は汗ばむ手で咲妃の手を握り続けた。
カンカンカン、という階段を靴が叩く音を聞きながら、上まで登り切った僕と咲妃を待っていたのは――絶景だった。
「うわあ! すごい!」
校舎の屋上から見える僕達の街はキラキラと輝いていて綺麗だった。
「UFO、見えるかな?」
僕は夜景そっちのけでUFOを探す。だけど、綺麗な満月が浮かんでいるだけで、それ以外は何も見えなかった。
ふと僕は横を見ると、すでにその頃から可愛かった咲妃の横顔にドキリとしてしまう。
慌てて前を向く僕の頬は紅潮していた。夜で、良かった。そう思っていた。
「一兄、あれがUFOじゃない?」
「ん?」
咲妃が小さな手で、まっすぐに街の向こうに広がる湖を指差した。
そこには確かに丸く光る物体が浮かんでいた。
「あれは……月を水面が反射しているだけだよ」
「うん。でも綺麗だね」
「そうか?」
「……怖かったけど、来て良かった」
咲妃がそう言って、僕の手を握ったままいつまでもその景色を見続けていた。
「咲妃、帰ろうぜ。いい加減帰らないと、怒られる」
「うん。あのさ、一兄」
帰ろうとする僕の背に咲妃の声が掛かる。
振り返った僕。
夜景をバックに咲妃がはにかみながら、僕を見つめた。
「あのさ……一兄ってさ……好きな人いるの?」
「ん? んー、そういうのよく分かんないなあ」
「そっか。じゃあさ、一兄とサキが高校生になったらさ、またここに来てUFOを探そうよ。それでね……またこの話をしようよ。サキ、頑張って良い女になるから」
その咲妃の大人びた言葉に――僕はなんて返したか覚えてない。
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