11話:スリースターズ
「紫苑君、そろそろ白菜を入れようか」
「うん。琥乃美はポン酢? ごまだれ?」
「醤油だ」
「へー珍しい」
「一兄……ねえ一兄……」
僕は真剣に、鍋の表面に浮くアクを掬っていた。心を無にしてアクを掬うのだ一里。僕は勝手に創造した鍋の神様と対話していると、稲荷川が脇腹を突いてくる。
「一兄ってば!」
「なんだ」
「なんだじゃない。なんでこうなってるの」
「僕が聞きたい」
なぜ僕の家で、僕と紫苑と琥乃美と稲荷川の四人が、鍋を囲んでいるかは謎だ。
マクド〇ルド前での事件はもう僕の記憶にはない。
が、とにかく琥乃美の提案で、僕の家で鍋をする事になったのは確かだ。
母さんは既に出勤しているので、問題はない。ないが……。
なぜか、紫苑と琥乃美は意気投合し仲良く鍋を作っている。稲荷川は手伝う素振りすら見せずに僕にくっついているだけだし、時々紫苑から批判したげな目線を感じた。
全員が、獣耳と尻尾を露わにしており、なんというか猛獣天国といった有様だ。
僕は、その中に放り込まれた憐れな仔羊といったところか。
「笑えない……」
「もう、アク掬いは良いぞいっくん」
「ああ……」
ぐつぐつと鍋が出来つつあった。
「さて、ではいただこうか」
鍋奉行である琥乃美の言葉と共に、全員が箸を動かし始めた。僕が材料を用意したとはいえ、流石琥乃美が作っただけあって、鍋は美味しそうだった。
「ほら、もっと肉を食え咲妃。だから背が伸びない」
「非科学的な事を言いながら肉を入れるな琥乃姉!」
「んー、季節外れの鍋も悪くない」
僕の部屋に、星の如き輝きを放つ美少女が三人。仲良く? 鍋をつついている姿は微笑ましい。
だけど、僕はのんべんだらりと鍋を楽しむわけにはいかない。
「えっと、もっかい確認したいんだけど……琥乃美も稲荷川も耳と尻尾が見えているんだよね?」
「ん? ああ、見えているぞ。というかなぜ僕にまで生えているのかが、不可解極まりないが」
琥乃美が白菜ばかり食べながら答える。最初に耳と尻尾について指摘した時も、もっと動揺するかと思ったが、〝ほう、不思議だな〟、で済ませる辺りは流石だった。
「……耳と尻尾、私だけじゃなくて安心したけど……むー、属性が被ってる!」
稲荷川が僕の隣で唸る。まあ、確かに獣耳JKという部分ではダダ被りである。いや、僕から言わせればそれぞれ全然違う獣だから、被りではないと主張したい。
が、ここで言ったところで、余計に自分の立場が悪くなることぐらいは僕でも分かる。
「しかし、その異世界とやらも中々に信じがたい話だ。だが状況を考えれば、間違いなくいっくんがこちらに戻ってきたことが原因だろう。さて……どう責任を取ってもらおうか。幸い、他の者には見えないようだが。流石に困る」
ですよね!
「私は別にこのままでも良いけどねー。一兄、獣耳萌えだし」
「なに?」
「マジ?」
稲荷川の余計な一言に狼と虎が反応した。いや、正確に言うと、
人虎、それもまた僕が異世界で使役していた魔獣の一つだ。気さくな性格で、戦力としても申し分ない魔獣なのだが、テイムの条件がかなり厳しいのだ。個体によって様々だが、大体の者がこう言うのだ〝私を負かせてみせよ〟、と。力比べであったり、我慢比べであったりと様々だが、人と人虎ではそもそも身体能力が違い過ぎて、勝負にすらならない事が多い。
僕も半ば反則技で、何とかテイムに成功したのだけど……もう二度とやりたくはない。
「そうだよ。前も、獣耳系のエロ漫画読ん――むー!!」
いらんことを喋りそうな稲荷川の口を塞ぐ。何を言っているんだこいつは!! あれは三田部長の私物で、僕は決してやましい気持ちで読んでいたわけではない!! 決して!!
「ふーん……そうなんだ」
あ、紫苑さんの目線が冷たい。
「なるほど。ならば好都合。僕には男性を惹きつけるような特徴があまりないからね」
「はあ? そんだけスタイル良くて、顔が綺麗なのに何を言っているの。良いなあ……背が高いの」
紫苑が羨ましそうに、琥乃美の長い脚を見つめた。
「胸は小さいぞ?」
「違うよ琥乃姉! 貧乳は正義!! 貧乳はステータス!!」
稲荷川が声高に叫ぶ。まあ、僕もどちらかと言えば大きい方が好きだけど……。勿論、口には出さない。
「胸の大きさは関係ないでしょ……」
「巨乳ギャルが言っても説得力ないです!!」
シャアッ! と紫苑に向かって威嚇する稲荷川。さりげなくその小さな胸を僕の腕に押し付けてくる辺り、やはりあざとい。
話を戻そう。
「とにかく……僕が原因なのは間違いないんだろうけど、残念ながら思い当たることがないんだ。こちらではスキルは使えないはずだし、そもそも魔獣なんてものは地球にはいないはずだろ?」
僕の言葉を、追加の野菜を入れながら琥乃美が否定する。
「そうとも限らないさ。だって考えてみたまえ。この耳と尻尾だって……他者には見えていないんだ。僕達はこれまではずっとそちら側の住人で、気付いていないだけだった。だけど、何かをきっかけに――おそらくいっくんの帰還――でこちら側に来てしまったんだ。であれば……僕達以外にもこういう現象が起きている人物がいると考えてもおかしくはない。それぐらいはいっくんも分かっているだろうが」
……そうですね。
「確かにね。でも、どうすれば良いのか分からない」
紫苑が鶏肉を取りながら琥乃美に答える。
「……どうだろうね」
なぜか考え込む稲荷川。
「何か、知っているのか稲荷川」
「んー。いや、別に。というか、一兄、なんで嫌がらせみたいに私のこと名字で呼ぶんですか!」
お、今さらなこと言ってきたぞ。
「あ、いやそれは……その」
何となく恥ずかしくて昔みたいに呼べないとは、それこそ恥ずかしくて言えない。まあそれ以外にも理由はあるんだけど……。
「咲妃って呼んでくださいよ! 紫苑先輩も琥乃姉も呼び捨てなのに! ズルい!」
「そうだぞ、いっくん。幼馴染みなんだから、そんな他人行儀なのは良くない。大方、昔みたいに接することが出来ないから、わざと名字で呼んでいたのだろうがな。今の君達を見る限り、昔と同じだぞ」
ぐえー、見抜かれてる。
「へー、そんなに仲が良かったんだ」
心なしか紫苑の声が低く聞こえる。
「まあ、義理の兄妹みたいなものだな。ああ、もちろん僕はそこから一歩引いた立場にいたが」
「なるほど」
琥乃美の言葉に紫苑が頷く。
「ただの小うるさい母親か姉ぐらいのスタンスだよ。今も変わんないけど」
「小煩いは余計だぞ」
白菜を食べながら琥乃美が稲荷川――ではなく咲妃に言葉を返す。
「分かったよ……咲妃。これで良いだろ?」
僕は諦めて、そう呼ぶことにした。……もう構わないだろう。大体の事は……
「えへへー。一兄……おかえりなさい」
そう言って、くっついてくる咲妃。
「あんたくっつきすぎよ」
紫苑が、別にどうでもいいけど、と言いたげにそう口にした。
「紫苑先輩もくっつけば良いんですよ。左側空いてますけど?」
挑発するように、手招きする咲妃にしかし、紫苑はジト目を僕を送るだけだった。
いや、僕は悪くないぞ?
「そんなはしたない真似はしない」
「ふむ、紫苑は身持ちが堅いのだな。見た目と違って」
「ギャルなのは見た目だけですね~」
「うるさい!」
まあ、そんな感じで。僕達は騒いでいたのであった。
☆☆☆
「じゃ、今日はありがとう」
「うん。ごめんな、家まで送れなくて」
玄関先。既に遅い時間になりつつあったので、そろそろ帰ると言いだした紫苑と琥乃美を、僕は家まで送る事を提案したのだが、疲れて寝てしまった咲妃を放っておくわけにもいかなかった。
「心配するな。僕がちゃんと送り届けるさ」
琥乃美が自信満々にそう言い切った。玄関の向こうに覗く夜空には、満月に近い月が煌々と光を放っている。
「そしたら帰りが危ないだろう」
「ふ、その気遣いはありがたいが、無用だ。それじゃあ、失礼する。今日は昔みたいで楽しかった。またやろう」
「じゃあね、一里。また明日」
「二人とも、気を付けてね。それじゃあ、おやすみ」
二人に別れを告げて、僕は玄関を閉めた。
「さてと」
僕は、頬をパンッと叩いた。気合いを入れ直す。
部屋に戻ると、座布団を枕にしていたはずの咲妃が目覚めて上半身を起こしていた。
「……よー、
「ふあー。あれ、あの二人は?」
あくびをしながら、身体を伸ばす咲妃。その言葉も仕草も自然だ。懐かしい記憶が蘇るぐらいに。
だからこそ――
「帰ったよ」
「そうなんだ。じゃあ久々に……二人っきりだね、一兄」
咲妃がそれこそまるで獣のように四つん這いで僕へと這い寄ってくる。
「遊びは……それぐらいにしておけよ――
僕の言葉を聞いて、咲妃が驚いたような顔をする。だが次の瞬間にはその目は細められ、ゾクゾクするような妖艶な笑みを浮かべた。
「おやおや……いつから気付いていたんだか。流石流石……流石は
そう言って咲妃……いやクカが立ち上がった。狐耳に、九本の尻尾。見れば、爪が長くなっており、手足も金色の毛で覆われている。辛うじて顔はまだ咲妃のままだが……そこにいるのは間違いなく、かつて僕が使役していた最強の魔獣の一角である……ナインテールだ。
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