3話:スキル【テイム】が効いてる?

「あのさ……この耳と尻尾の事なんだけど」

「うん」


 紫苑がそう言いながら、頭部に生えた犬耳を触った。柔らかそうな毛で、是非とも触らせて欲しいのだが、それを言ったら軽蔑されそうなので言わない事にする。


 ま、今日僕を呼び出した理由は、それだろうと思ってはいたよ。僕はポテトフライを食べながら紫苑に話を促した。


「一里は何か知ってそうな口振りだったから……教えてほしいの。これは……何?」


 真剣な表情で、そう僕を見つめる紫苑。彼女の目には、こちらを試すだとか、騙すだとか、そういう意図は一切感じられなかった。

 馬鹿みたいにまっすぐで、疑うことを知らないような眼差しだ。ああ、懐かしい。


「質問に返すようで悪いんだけどさ、紫苑のその耳と尻尾はいつから?」

「気付いたのは、3日前。凄く、嫌な事があってその時にたまたま鏡を見たら……」


 3日前。それは奇しくも、僕が異世界からこちらに帰ってきた日と同じ時だ。

 ただの偶然だろうか?


「一緒に暮らしているお母さんもお父さんも、弟も気付いてないようだったけど、あたし、なんか恥ずかしいし、訳も分からなくて」

「まあ、いきなり耳と尻尾が生えたらそうなるよね」

「うん」


 紫苑はハンバーガーを両手で持って、ちまちまと食べている。さっきカウンターで注文する時も、ぎこちない感じだったのを僕は見逃さなかった。自分で指定したわりに、こういうお店には慣れていないように僕には見えた。


 見た目だけで言えばギャルだけど……本当は違うのかもしれない。


「んー。信じられない話かもしれないんだけど……」


 そう前置きして、僕は異世界に行って、そして帰ってきたことを話した。ただ、S級のビーストテイマーだった事は、話さなかった。何となく、後ろめたい気持ちがあったからだ。


「にわかに信じがたい話だけど……あたしにも実際に起こってるから……」


 そう言って、ため息をつく紫苑。僕は既に食べ終わっていたが、紫苑はまだ半分も食べていない。


 僕はそんな紫苑を見て、とある可能性について考えていた。


 今日の放課後。僕は物は試しにと、紫苑に対し異世界にいた時と同じノリで、【テイム】のスキルを使った。

 あの時は、何も起きていないと思っていたが……明らかにあれから紫苑の僕に対する態度が変わった気がする。


 もしかして……【テイム】のスキルは、こちらでも有効なのでは、と考えてしまうのだ。

 【テイム】はあくまでも、こちらに敵意を抱く魔獣に対し、交渉をしようと提案するスキルだ。これを使ったところで、すぐに相手を使役できるわけでも服従させられる訳でもない。


 だが相手が魔獣であれば、、交渉の場に引きずり出すことが出来る。そこからは、実力を見せて屈服させる、媚びを売って懇願する、口八丁手八丁で籠絡する……などなど魔獣によって手が変わってくる。


 だけど、紫苑の様子を見る限り、魔狼ライカンスロープである自覚はないようだ。だけど、確かにその片鱗は見せている。だから、僕の【テイム】に中途半端に影響を受けた結果――紫苑は僕に対して、そのままの自分をさらけ出しているような気がする。


 魔狼の特徴を思い出す。

 彼らは見た目も凶悪で、どこか偽悪的なところがあるが、根は真面目で一度認めた相手には一生忠義を誓うような義理堅い面もある。

 僕がかつて使役した魔狼もそうだった。最初は人を喰らう悪い魔獣のフリをしていたが、最終的には僕の相棒として、あの世界の人類を救った英雄とも呼べる存在になっていた。


 そう考えると……紫苑もそうなのかもしれない。

 メッシュの入ったウルフカットの髪も。

 ギャルっぽい見た目も口調も。

 全部上辺だけで、今、目の前でゆっくりとハンバーガーを食べて、穏やかな口調で話す紫苑が、本当の姿なのかもしれない。そう考えると、途端に彼女が愛おしくなった。


「とにかく、他の人には見えてないから、今のところは支障はないんじゃない?」


 僕はそう言って、紫苑を慰めた。意味のない言葉かもしれないが、何も言わないよりはずっとマシだろうさ。これまでは、何も言えなかった僕が言うから間違いない。


「でもさ、あたし、さっき一里の後輩の耳と尻尾は見えたよ」

「あー」


 稲荷川のことを忘れてた。そうか、こちらが見えていたのだ、当然向こうにもこちらが見えていてもおかしくはないだろう。


「もしかしたらさ、あたしみたいな子が他にいるのかもしれない」

「確かに……」

「一生生えたままってのは流石に困るし……原因とそれを解決する方法をあたしは探したい……だから」


 ようやく全部食べ終えた紫苑が僕をまっすぐに見つめた。口の端にケチャップが付いているせいで、真面目なセリフなのに僕は思わず笑ってしまう。普段あまり口にしないハンバーガーを食べたせいだろう。


「それ、僕も手伝うよ。だけど、紫苑。口にケチャップついてる」


 僕は、自然と紙ナプキンを手に取って、紫苑の口を拭いた。ああ、そういえば、アイツも餌を食わせた時にはいつも口元汚していたから、拭いてあげたっけ。最初は怒って噛み付かれそうになったが、最後には、やってもらって当然みたいな顔をしていたな。


 と、そこで僕はとんでもない事をしていることに気付く。


「ん! 自分で拭く!!」


 びっくりして目を丸くした紫苑が慌てて口元を拭いた。恥ずかしいのか頬が紅潮しており、犬耳と尻尾がせわしなく動いているのが見える。


 やばい! 馴れ馴れしい奴だと思われてないだろうか!? いや違うんだ、つい……。


「ご、ごめん。嫌だった!?」

「大丈夫……ありがと」


 目を伏せたままそう呟いた、紫苑の犬耳が垂れた。


 はい、可愛いです。紫苑さん可愛いやったー!! って叫びたい。


 だけど、僕はクールなので、そんな事は言わない。


「と、とりあえずさ! 紫苑みたいに魔獣に変化してしまった子が他にいないか探してみようよ。まずは稲荷川辺りから話を聞いてさ。もしかしたら色々と知っているかもしれない」

 

 まあ、何となく稲荷川は何も知らないように感じるけどね。というか僕、個人的にはこのまま耳と尻尾がある方が良いんだけど……。というのは今は忘れよう。本人が嫌がっているなら仕方ないのだ。


 でも、最後に尻尾だけは触らせて貰おうかな……。


「一里、ありがとう。あたしさ、本当は怖くてさ。だから今日、一里にこの耳のことを言われてびっくりして。最初はどうやって黙らせようかと思ったけど……そうじゃなくてこうやって協力する方が良いかなって。一里、優しそうだし」


 紫苑がそう言って、笑った。ピンと立った耳と、伸びた犬歯が唇から覗く。


 それでも――その笑顔は今まで見たどの笑顔よりも素敵だった。

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