第31話 匿名の捕食者
「アノマロカリスの効果! 相手モンスターの
「能動的に発動できる無効化効果!?」
アノマロカリスの口元に垂れ下がった二本の爪がむくりと持ち上げられたかと思うと、銃弾を撃ち込まれたのかというような勢いでそれが発射された。
ストーム・リームを包み込む青い宝石とぶつかり、硬質であるはずの宝石の壁をぶち抜いて中に潜んでいるリームを襲う。
宙に浮いていた宝石が砕け散り、中にいたリームが力なく地面に落ちた。
牙が当たった両肩からは流血こそしていないが、血の代わりに今の彼女を構成しているであろう粒子が体から流れ出ている。
それに、打ち出された牙には猛毒が含まれているのだろう。傷口の周りが紫色に変質している。
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効果無効化状態
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「うっ……リーム!」
「リーム! しっかりしてください!」
『来ないで! まだ勝負の途中よ。攻撃に巻き込まれるわ!』
あまりに痛々しい傷を負った彼女を見ていられずに駆け寄ろうとした俺とクロンを、よれよれと立ち上がったリームが制止させる。彼女の闘志は消えてはいない。だけど、今の俺には彼女を守る手段がない。
「リーム……」
『私がやられても申し訳ないなんて思わないで。私は彼からどうしても話を聞きださなければならないから、自分からこの勝負に出たの。それにあの状況で勝負を行わなかったら、あなたもクロンもどうなっていたかわからないでしょ?』
激痛が走った肩を上下させてリームは語る。蒼く細い足で地面を踏みしめ、絶対に相手から目を背けない。
『私はこの勝負の中で
「クフ、フフフ。果たしてこの状況を防いで僕を倒せるかな?」
敵のアノマロカリスは牙を発射した後は沈黙を貫いているけど、次の攻撃に備えて口元に新たな
そして、敵は傷ついたリームに対しての攻撃の手を緩めない。さらに言えば、まだアノマロカリスの本格的な攻撃は行われていない。
「僕は墓地に存在する5体のエンシェンテラーの効果を発動する! オパビニア、ハルキゲニア、ウィワクシア、ハーペトガスター、ピカイアの5体で
再び地面からてらてらと粘液にまみれた冒涜的な触手がいくつも生えて、縛り上げる獲物を探す。
やがて一斉に地に立つリームの方へ先端を向け、それぞれ思い思いにリームの首や足、翼や尻尾を縛り付けて一切抵抗できないようにした。
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びちゃびちゃと触手の先端が蒼い
地面から生えた触手たちの根元近くにいるアノマロカリスが槍のように爪を前へと突き出し、やや後ろへ下がって突進の準備を始めた。
「いくよ、やっちゃうよ! エンシェンテラー・アノマロカリスの攻撃! プロブレマティカ・ハザード!」
体の左右に生えたいくつものヒレを一度強烈に揺らし、
一瞬だった。リームの体に風穴があいたのは一瞬のことだった。
「さあこれで3ダメージだ! 君のライフは尽きる!」
「……まだ、終わるわけにはいかない! 俺は墓地に存在する
霧が俺を包み、上空からアノマロカリスが連射してきた爪を霧の世界の中へとどんどん送り込んでいく。
やがて諦めたのか、アノマロカリスはいくつものヒレをゆらゆらと揺らしてマシアスの前まで空中を泳いでいった。
……これで戦闘ダメージは0。今、俺の手札には場の
次のドローで、もう一体の
もう相手は攻撃も手札もない。……この勝負、俺の勝ちだ。ここで追い抜かす! 自分の身を張って勇敢に戦ってくれたリームのためにも!
「なに勝った気になっているのさ? 僕は墓地からエンシェンテラーの効果を発動する」
「えっ?」
「僕はフィールドにいるアノマロカリスを墓地に送り、墓地のエンシェンテラー・アノニマスカリスの効果を発動するよ! このカードは相手モンスターを戦闘で破壊した時、自分のエンシェンテラーと同じモンスター扱いとして墓地から場に出せる!」
「ア、アノマロカリスがもう一体だって!?」
「さらに墓地に存在するエンシェンテラー・ラガニアの効果発動! このカードが墓地に存在する場合、相手モンスターを戦闘で破壊した時に1度だけ1ポイントのダメージを与える!」
思考が停止する。たった今猛進してきたアノマロカリスがもう一回攻撃してくることと同義?
俺のライフは3、アノニマスカリスは
『あれ? ご主人様、このカード何に使うんですか? 自分のデッキを墓地に送るなんてよくわからないカードですねぇ。間違えて入れてたんですか?』
いや、考えるのを止めるな! 召喚されて顕現するまでの一瞬に考えろ! どんな情報でも使え!
相手は今まで何枚墓地に送った? 俺のデッキはあと何枚ある? 相手のデッキが元から30枚だという可能性はあるか? このコンボで自爆する可能性は?
もう次のターンはない! ここで、俺は……賭けに出る! これしかない、『敗北しないため』にはこれしかない!
「ラガニアの効果発動に対して伏せカード、パニック・シャッフルを発動! 自分のモンスターが戦闘で破壊された時、お互いに墓地のカード1枚をデッキに戻し、シャッフルしてから2枚ドローする!」
「今から手札交換かい? 特に何もないよ、いいのが引けるといいね。次のターンなんてないけど」
リーム、クロン、ごめんな。期待には応えられないかもしれない。でも、君たちをアイツの手に渡すわけにはいかない!
「さらにパニック・シャッフルの効果に対して、伏せカードオープン! 遭難海流! お互いにデッキを5枚墓地へ送り、俺はライフを1回復する!」
「遭難海流? 君も? なんでそのカードを……」
「俺の
「なるほど。クヒッ、ヒヒヒッ、でもラガニアとアノニマスカリスによるダメージは合計で4だよ! 回復してもぴったり4。これで君の負けだ!」
「いや、そうはならないさ。多分だけどな」
何を言ってるんだと考えたんだろう。俺が言った予想外の一言に、マシアスは鳩が豆鉄砲をくらったような顔をした。
そして気づく。この勝負の結果がどうなるか。しんと辺りが静まり返り、クロンがごくりとつばを飲む音が微かに聞こえた。
「さあ、何も発動するカードがなければ遭難海流、パニック・シャッフル、ラガニア、アノニマスカリスの順に処理を行う! まずはデッキを上から5枚墓地だ」
「…………ふぅーん」
「どうした? さっさと送れよ。そして墓地から1枚戻して引いてみろ、引けるんならな」
「なるほどねぇ? じゃあ君も送って戻して2枚引いてよ。引けるのなら」
観念したのか、マシアスはデッキを5枚墓地に送る。そして俺も同数を墓地に。
1枚戻して、2枚ドローするはずのデッキには……お互いに墓地から戻した1枚しか残っていなかった。
「まいったねこれは。同時にドローするけど、もうその分だけカードが残っていない。つまり……」
「ああ。引き分け、だ」
顕現しかけたラガニアとアノニマスカリスの影が消えていく。
俺達の間を一陣の風が吹き抜け、やがてまた静かな時をもたらした。
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