スキル覚醒⑥

「ファハド様、上です!」


「なっ!?」


 反応が遅れた。


 ミノタウロスが僕の方へ飛びかかってきていた。


(回避できない。受け止めるしかない。受け止められるのか……!?)


「させません!」


 バラカは咄嗟に、ヘッドスライディングのような格好で僕を突き飛ばした。


「うわっ!?」


 突き飛ばされた僕は、石畳の上を数メートル転がった。


 普通の人間ならこれだけで大怪我である。


「ぐああ!」


 直後、バラカが悲痛な呻き声を発した。


 僕を庇ったバラカが、ミノタウロスの戦槌によって右足の膝から下を潰されていた。


「バラカ!」


 僕は透かさず引金を引き、ミノタウロスに数発の銃弾をお見舞いした。


 しかし、銃弾はミノタウロスの分厚い皮膚にめり込むだけで、ダメージを与えられているようには見えなかった。


 呪い装備マックスの銃弾は自分の思い通りの軌道を描いて飛ぶが、弾速には限界があった。この弾速の最高値に、呪い装備アストラで底上げしたものが、僕の最大威力の攻撃となるわけである。


 装備に頼り切っている僕の力は安定している反面、火事場の馬鹿力的なものでは決して伸びなかった。


 つまり、僕の攻撃ではミノタウロスを倒せないということだった。


 その時、額から熱い物が鼻筋を伝わって滴った。


 いつの間にやられたのか、僕の額が割れて流血していた。


(いや、これがバラカのいっていた迂闊に手を出すとってやつか)


 額の傷自体は、呪い装備カタリナによって自動回復するので問題なかった。


 今、僕にできることは、ミノタウロスの注意を引き付け、レイラがムスタラを倒してこちらに合流するまでの時間を稼ぐことである。


 バラカが足の怪我をどうにかして立ち上がる可能性も脳裏にはあった。


「こっちだ!」


 僕は我武者羅に引き金を引いて、ミノタウロスの銃弾の浴びせた。


 たとえそれが自身を生命を脅かすものでなくても、ちくちくと針で刺されるのは誰だって嫌なものだろう。


「ムオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――!」


 ミノタウロスが標的を僕に絞って突っ込んできた。


(よし、釣れた)


 ミノタウロスの戦い方は筋力で戦槌を振り回すだけ。シンプル故に強力で、この手の手合いに小細工が通用しないのは百も承知である。


「ぐぐ……!」


 僕は攻撃を避けることに専念していたが、戦槌が体を脇を通り抜ける度に皮膚が裂け、血飛沫が上がった。


(自動回復が追い付いていない。でも、まだ二分も稼いでいない……!)


 頭と心臓、ここさえ守ればどのような深手を負っても死にはしないはずである。尤も、元通りになるかはわからないが。


(体なんてどうなってもいい、生きてさえいれば何とかなる!)


 文字通り、限界まで身を削って時間を稼ぐしかなかった。


「私はまだ戦えます!」


 バラカは気持ちばかりが前へ行き、地べたを這うように前進していた。


 僕は素早く引き金を三度引いた。


 自分の思い通りの箇所に銃弾を放てるというのはつくづく便利だった。ミノタウロスに照準を合わせていなくても、引金さえ引けばいいからだ。


 僕の放った銃弾の一発は、ミノタウロスの右手の親指を撃ち抜いた。


 ほとんど予知に近い予測だったが、ミノタウロスの攻撃が単調で、僕が攻撃を避ける方向を調整してやれば、ある程度誘導することはできた。


 一時的に親指を失ったことで、ミノタウロスの手から戦槌がすっぽ抜けた。


「うおおおおおおおおお!」


 これを勝機と見た僕は、一心不乱に引き金を引いた。


 一の弾丸だけだとミノタウロスの分厚い皮膚を貫けなかったが、そこに二の弾丸、二の弾丸で足りないのなら三の弾丸で押し込むしかなかった。


 けれども、ミノタウロスは同じ箇所に何発も弾丸を撃ち込まれてくれるほど、生温い敵ではなかった。


 ミノタウロスは緩い弧を描きながら、腰元から手斧を取り出した。ミノタウロスには手斧だが、僕からすれば普通の斧と相違なかった。


(まだ武器を持っていたのか……!)


 僕はうっかりしていた。へまをこいてしまった。戦槌よりも遥かに軽い手斧を同じ力で振ったら、その速度は圧倒的に早くなるという単純な考えに至らなかった。


「え?」


 一瞬、何が起こったのか理解できなかった。


 僕の左腕が胴体から切り離され、まるで一つの物のようになって地べたを転がった。

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