スキル覚醒②

「あ、ムルちゃん」


 カミールの姿が見えなくなるや否や、ムルはレイラの腕から逃げ出した。


「カミールを探しに行こうとしているのかな」


 僕は最もありきたりな推理をした。


「私にはカミール兄さんの姿が見えなくなったから、お利口な振りをやめたようにも見えましたが」


「に゛ゃ(げ)」


「まさか、人じゃあるまいし」


 僕は笑いながら流した。


「ほーら、ムルちゃん、怖くないよー」


 レイラは屈んで懐を開けた。


「ところで、ムルもダンジョンに連れて行くのかな?」


「カミール兄さんだと思って連れて行きましょう」


「カミールお兄さまより可愛いから、こっちでいい」


「相変わらずカミールのことになると二人はブレないね」


 ピラミッド内、ハヤウィアの石碑に刻まれているのは、歓喜している人の姿だった。男か女かはわからないが、とてもはしゃいでいる姿が刻まれていた。


 石碑の人物が何に喜んでいるかは諸説あるが、今の僕には崩壊の日の戦いに勝利した兵士にしか見えなかった。


 ハヤウィアが生命のダンジョンと呼ばれる所以は、恐らくこのダンジョン特産のこれが理由だろう。


「ファハド様、不滅の松明をじっと見詰めて、どうされたのでしょうか」


「ハヤウィアには不滅の松明に使われているというか、僕たちが不滅の松明と呼んでいる木が生えているんだ」


「聞いたことある、確か森滅樹しんめつじゅ


「禍々しい名前だけど、実際森滅樹の生えている土地には他の草木が一本も生えないからね」


 ちょっとした蘊蓄うんちくを語りつつ、僕たちはハヤウィアに潜った。


 ハヤウィアで人類と友好的な種族はドラゴニュートである。


 ハヤウィアの精霊は隠れることに長け、好奇心旺盛かつ悪戯好きで、基本的には冒険者の邪魔にしかならないのである。


「実は僕、ハヤウィアに来るのは初めてなんだ」


 僕はちょっとテンション高めにいった。


 やはり、初めて訪れるダンジョンは楽しいものだ。


「レイラも初めてー」


「私たちはアルスウルとアスワッド以外のダンジョンには足を運んだことがないのです。尤も、当時はアルスウルが世界の中心だと思っていたわけですが」


 バラカは恥ずかしそうにいった。


「ははは、僕も似たようなものだよ」


 ピラミッドから出ると、「町に火が付いている」と錯覚するくらい、大きな炎が目に留まった。


 ハヤウィアを象徴する大きな森滅樹が町の広場に植えられており、枝が燃え盛っていた。


「すごい燃えてる!」


 レイラは見たままを言葉にした。


「おお、本で読んだ通りだ。燃えることで外敵から身を守り、他の植物が近くに生えられないようにしているんだ。生存戦略だね」


「森滅樹だけを好んで食べる火虫というのも居るそうですね」


「うん。火虫の体液は炎に耐性を持っているから、潰してポーションの材料にするそうだね」


「ファハド様は本当に物知りですね」


「僕は火虫のポーションを飲んだことはないけど、苦くて舌が焼けるような味らしいね」


「うぇー」


「にゃー(うぇー)」


 僕とバラカが森滅樹の話題で盛り上がっていると、レイラとムルがしかめっ面をした。


 そんな風にピラミッド前で冒険者が屯していると、恒例のイベントが発生した。


「冒険者さん、今夜の宿はお決まりですか?」


 振り返ると、ドラゴニュートの女の子がウェイトレスのような恰好をしていた。


 ドラゴニュートは誇り高い種族と聞いていたので、まさかピラミッド前で胸を強調したような服を着て客引きしているとは思わなかった。


「えっと、そちらの宿は猫が居ても大丈夫ですか?」


「はい、厩があるのでそちらの方をご利用ください。もちろん、料金は必要ありません」


「へー、ちょうど良さそうね」


「にゃ(はぁ)!? にゃにゃにゃ、にゃにゃにゃー(この私を厩に入れるつもり、ふざけるんじゃないわよ)!」


「ムルちゃんが猛反対してるような気がする」


「一匹になるのは寂しいのかな」


「にゃーん、にゃーん(その調子よ、もっと押しなさい)」


「ほら、やっぱりそうみたいだ」


 僕は得意げにいった。


「人の言葉がわかるというより、会話している気分ですね」


 バラカはムルを訝しんだ。


「にゃ、にゃーん」


 ムルは猫なで声を出した。

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