猫派⑥

 あの日、ムルジャーナの人生の歯車は狂ってしまった。


 あの日がどの日を指すのか、きっと親友だと思っていた相手に騙されて、呪い装備を受け取った日だと思う。


 絶望の淵に突き落とされてから一週間、どこから噂を聞き付けたのか定かではないが、サイードと名乗る冒険者から声をかけられた。


 サイードに対する第一印象は、印象に残らない薄っぺらい顔というものだった。


 サイードから呪い装備を押し付ける計画を持ちかけられた時、一瞬躊躇ためらったが、他に方法もなかったのでその場で了承した。


 まだ見ぬどこぞの独り身の冒険者をあわれに感じたが、それで親友に騙されて失意のどん底に居る自分自身が救われるなら、それでいいと思った。


 サイードが目星を付けたのは、ファハドという若い冒険者だった。


 こちらのことを一切疑わずに目をキラキラさせているファハドが、心底馬鹿に見えた。きっと、親友も自分のことがこんな風に見えていたに違いないと思った。


 呪い装備から晴れて自由の身となったムルジャーナだが、脳裏にはファハドの絶望に打ちひしがれる表情が呪いのようにこびりついていた。


 心機一転、ムルジャーナはサイードとアサーラといくつか依頼をこなしたが、すぐに嫌気がさしてきた。


 サイードもアサーラも独りよがりの言動が多く、ムルジャーナにかかる負担が大きかったからだ。


 所詮は他人をたばかるために集まった三人、絆や情などというものは一欠けらもなかった。


 詳しく聞いていないが、きっとこの二人は自分が呪い装備に当たるはずがないと根拠のない自信を持ち、未鑑定の装備を着用したに違いなかった。


 そして、三回目の依頼で事件は起こった。罰が当たったと言い換えてもよかった。オルトロスに追われ、遭難してしまった。


 これまたどういう因果か、一度確かに朽ち果てたはずのファハドが力と仲間を携え、救助にやって来た。


 その瞬間、ムルジャーナは世界から嘲笑されているような気がした。


 自分が意地汚く生き残ろうとして陥れたファハドが、全てを手に入れて再び自分の前に現れたのである。


 良心まで投げ打って、自分の手には何が残ったのかと自問自答した。


 その後、ムルジャーナはサイードたちとのパーティを解消した。


 遅いか早いかの差で、いずれこの結末を迎えただろう。


 想定外だったのは、サイードと喧嘩別れしてから、ムルジャーナはどこのパーティにも所属させてもらえなかった点である。


 ダンジョン都市ガリグ中に、ムルジャーナが見知らぬ冒険者を騙して、呪い装備を押し付け、その冒険者が自殺したという悪評が広まっていた。


 根も葉もあるが、余計な実まで付いていた。


 こんな噂を広めた人物には、一人しか心当たりがなかった。サイードである。


 ファハドが呪い装備を押し付けられた仕返しに噂を広めている可能性は限りなくゼロに近かった。


 あの度の過ぎたお人好しが、そんな真似をするとは考えにくかったからである。


 それにもしファハドが噂を広めているのであれば、もっと前に広めているはずだからである。


 サイードと喧嘩別れしたこのタイミングで、サイードに濡れ衣を着せるために噂を広めているのだとしたら、とんでもない策士である。


 あの人畜無害そうな容姿でそんな腹黒いことをしていたら、流石に気付けという方が無理である。


「潮時かな」


 アサーラのように冒険者を引退して、酒場の従業員として働くのも悪くないと思い始めていた。


 それでも未練たらしくピラミッドへ足を運んだ時、やけに人目を引く一団が居た。


 その中心に居たのは、ファハドだった。


 自分よりも劣っている、捕食される側のファハドが幸せそうにしている事実に、強い苛立ちを覚えた。


 気付けばムルジャーナはファハドを尾行していた。


 自分でもおかしなことをしていると理解しながらも、この嫉妬の炎をどうしても消すことができなかった。


 拙い尾行はバレバレだったようで、遺跡前であっさりと捕縛されてしまった。


 元々何かするつもりではなかったが、それでもなおこちらを気遣うファハドに対して、無性に腹が立った。


 どうにかして一泡吹かせられないか、そんな風に考えながら帰路に着く途中、ムルジャーナは一人の男から声をかけられた。

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