猫派④
視線のことは頭の片隅に留めておいて、僕たち一行はアスワッドにある遺跡へ向かった。
カミールは例によって物陰に隠れての尾行モードである。
「えーと、ムスタラっていったかな。男の人なの?」
「はい。年齢はカミール兄さんと同じです」
「みんなはアルスウルの遺跡に居たけど、ムスタラだけどうしてアスワッドの遺跡で待っているのかな?」
「私たちの時代ではアルスウルとアスワッドに候補生を集めて、訓練が行われていたからです」
「ああ、なるほど。ムスタラはアスワッドの方の訓練学校出身ってことだね」
「噂によると、ムスタラはあらゆる訓練で常に優秀な成績を収めていたそうです」
「そのせいで他の候補生が見劣りして、アスワッドの方はファラオの護衛として選ばれたがムスタラお兄ちゃん一人だけだったの」
「厳しい世界なんだね」
話を聞いただけで、僕は胃がピリピリしてきた。毎回課題をぎりぎり合格点をもらってきた僕には、とても耐えられそうにない世界である。
ムスタラの待つ遺跡前に到着した。
アルスウルの遺跡とは雰囲気が違う、というのが第一印象だった。
バラカたちの遺跡は先住民から神聖なものとして崇められたりしているものだが、この遺跡からそういった大切にされている感じはしなかった。
(お化けとか出そうだなぁ。でも、試練を受けないとダメなんだよね)
ファラオとして国作りの展望はてんで浮かんでいなかったが、せめて仲間を増やすために試練を受けるくらいはしないと、尽くしてくれるバラカたちに申し訳が立たなかった。
「やはりファハド様もお気付きになられたのですね」
「どう見てもやばい」
僕はバラカとレイラが何の話をしているのかさっぱりわからなかった。
僕は寂れた遺跡の雰囲気が好きじゃなくて、二の足を踏んでいただけである。
「遺跡に入るのは危ないってことかな?」
「流石です。敢えて敵の誘いに乗ろうというのですね」
「お兄ちゃんがその気なら、レイラも付き合うよ!」
「いやいや、入るなんて一言もいってないからね!?」
僕はわざわざ危険とわかっている場所に飛び込む性癖はしていなかった。
「そうですか」
バラカは残念そうにいった。
「こんな危険な場所にムスタラは居ると思う?」
「最早試練は機能しておらず、死霊が蠢いています。待っているとは考えにくいです」
「待ちきれずに、遺跡の外へ出たってことかな?」
「それはありえません。私たちは自身が仕えるに相応しいと思ったお方に、試練を課すことでしか外へ出ることができないようになっているからです」
「つまり、僕よりも前に訪れた何者かをファラオとして認め、仕えることにしたってことだよね?」
「申し訳ありません。私にも何が起こっているのかわかりません」
バラカは頭を深く下げた。
「いやいや、知らないなら仕方ないよ」
「あれれ、ファラオの資質を持つ人は一人しか生まれないって習ったよ?」
レイラはこめかみを人差し指で押さえながらいった。
「僕が偽物のファラオだという可能性はあるのかな……?」
僕は恐る恐る確認した。
「ファハド様、冗談でもそのようなことは口になさらないでください!」
「そうそう、お兄ちゃんは間違いなくファラオだもん!」
「ごめんごめん、そんなはずないよね」
僕は慌てて謝罪した。
「――お取込み中申し訳ありませんが、少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか。報告しておきたい案件がございます」
どこからともなくカミールの声がした。
「カミール、これはどういう原理なの?」
「音に気を込めることで、ある程度の距離を飛ばすことができるのです」
「へぇ、便利だね。こっちの会話も気の操作で聞いてるのかな?」
僕にはその気が何なのかわからないので、話の半分も理解できていなかった。
「いえ、それはただの読唇術です」
「え、すごい」
これは僕にも理解できるものだった。
「お褒めいただきありがとうございます」
「畏まりました。主の前に引き摺り出しましょう」
「カミール、くれぐれも穏便にね」
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