猫派③
「え、別に無理しなくていいよ」
僕は消極的な態度でいった。
「いいから聞けって」
「わかったよ」
どうやら話したくて仕方ないようである。
「まぁそのあれだ、シルバー級に昇級したお祝いをまだやってないだろ?」
「おめでとうっていってくれただけで十分だよ」
「長年苦楽を共にした仲間が昇級したんだ、きちんと形にしてお祝いさせてくれ」
ハリールとは冒険者になりたての頃、初めて参加した大規模遠征で同じ班になってからの仲である。
冒険者ギルドでは頻繁に絡んでいるが、任務で一緒になったことは片手の指で数えられるほどしかなかった。
「うん。でも、あんまり高価な物は受け取らないからね」
「と、その前に、ちょっとバラカちゃんは席を外してくれないか。これは俺とファハドとの大切な話なんだ」
「お断りします」
バラカはきっぱり「ノー」といえる子である。
「ちょ、空気読んでくれよぉ」
ハリールは情けない声でいった。
「バラカは誰かに言い触らしたりしないから大丈夫だと思うよ」
「そういう問題じゃなくて、女子供が聞いてもつまらないって意味だ」
ハリールが何をそんなに言い辛そうにしていたのか、僕はようやく理解できた。当然、バラカも察した様子だった。
「やはり害虫ですね」
バラカは子供が見たらトラウマになるような冷たい目でハリールを蔑んだ。
「おい、そんな目で睨むなよ! 俺の鋼鉄の心だって傷付くことはあるんだぞ!?」
「まぁまぁバラカ、ひょっとしたら僕たちの思っている内容とは違うかも知れないよ」
僕は友として、ハリールの肩を持った。
「俺も男だ、この期に及んで隠し立てしたりはしない。要するに、アルスウルにあるケット・シー専門店『にゃんにゃん』のスペシャルマッサージコースを奢ってやろうって話だ!」
「やはり聞くだけ無駄だったようですね。他に言い残すことはありますか?」
バラカは拳を握った。
「ちょっと待ってくれ! なんか俺、処刑されそうじゃないか!?」
「安心してください、苦しまないように逝かせてあげます」
「ハリールありがとう。見ての通りバラカがへそを曲げちゃうから、気持ちだけ受け取っておくよ」
「それじゃあ、俺が昇級したら二人で一緒に行こうぜ。じゃあな!」
ハリールはそれだけ言い残すと、そそくさと退散した。
賢明な判断である。
それから待つこと数刻、手続きを終えたカミールとレイラが戻ってきた。
「無事登録できたかな?」
「はい、滞りなく遂行しました」
「ブロンズ級冒険者ってどういう意味?」
レイラはピカピカのタグプレート指に引っかけて回した。
「レイラ、それは大事な物だから、失くさないようにね」
タグプレートの再発行には色々と煩雑な手続きとお金が必要になる。それが終わるまでダンジョンに潜れなくなってしまう。
「主よ、他に用事がないのであれば、早急にこの場から立ち去ることをお勧めします」
「どうかしたの?」
カミールのただならぬ様子に、僕も神経を尖らせた。
「ここは人が密集しすぎています。その上、大半がこちらの動きを観察しているように見受けられます」
「う~ん、それは二人が目立つからじゃないかな」
呪い装備の一件、さらにはバラカを横に連れて歩くとかなりの人目を引いた。僕も人目になれるまで結構な時間を要した口だ。
「これでは奇襲に対処できません」
「こんなところで誰も襲ってこないよ。カミールは心配症だね」
「そうです。たとえどのような凄腕暗殺者がファハド様の命を狙おうとも、返り討ちにするでしょう」
「お兄ちゃんかっこいい」
「凄腕暗殺者って何の話!? 自慢じゃないけど、僕はこれまでの人生で誰かに恨まれるようなことはしていない自負があるからね」
訓練生時代は一人ぼっちだったし、冒険者になってからも人付き合いは少ない方である。依頼人と揉め事を起こしたこともなかった。
「ファハド様ほどの人格者であれば、誰かに恨まれることなどありません」
「そこまでいわれると逆に恥ずかしいよ」
「これは生き方がどうこうという話ではありません。ファラオという立場が敵を作ってしまうのです。事実として、視線の中に主のことを快く思わない物も混じっています」
「そんなまさか……」
冗談であって欲しかったが、カミールは真顔だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます