行き過ぎた愛⑤
僕の答えに、一瞬場が凍り付いた。
「ファハド様、なぜですか!? 今のはどう考えても猫と答えるべき場面です!」
「やっぱりそういうことか」
僕は不敵な笑みを浮かべら一人で納得すると、虚空に向かって話しかけた。
「カミールさん、本物のバラカはどこですか? 目の前に居るバラカはスキルかテウルギアによる虚像ですね?」
「ほほう。いつから気付いておられましたか?」
バラカの虚像は黒い影となって霧散した。
「今です」
僕は見栄を張らずにいった。
「鎌をかけたということですか」
「僕は救世主になるなんて一言もいったことはないし、バラカもそんなことをいっていた覚えもありません。それに本物のバラカはもっと子供っぽい怒り方をするんです。でも、もし勘違いだったらどうしようかとヒヤヒヤしました」
「お見事です、我が主」
犬側の通路の奥から、カミールが歩み出た。
カミールは高身長でスタイルもよく、目鼻立ちも整っており、男の僕でも少しドキッとするくらいのイケメンだった。
その傍らには、バラカがしょんぼりと肩を落としていた。
「申し訳ありませんファハド様。巧妙な罠に嵌ってしまい、まんまと分断させられてしまいました」
「己が主の下着が落ちていたからといって、周囲を確認せずに走り出すとは思わなかったがな」
カミールは呆れたようにいった。
「しかも下着は影になって消えてしまったし、本当に踏んだり蹴ったりです」
「ははは……」
僕は苦笑いすることしかできなかった。
「ところで、レイラの姿が見えませんが、カミール兄さんと一緒ではないのですか?」
「レイラならずっとそこに居るぞ」
カミールの視線は僕の後ろを見ていた。
振り返ると、そこには生意気そうな十二歳くらいの女の子が、ジト目でこちらを睨み付けていた。
「ねえ、本当にこの方がファラオなの? 隙だらけだし、殺気にも全然反応しなかったんだけど」
「我が呪詛に耐え、この空間に圧し潰されず、幻影すら見破る観察眼を持つ。何が不満なのだ?」
「それはそうだけど……。まさかこんな子供だとは思わなかったからさ」
まさか頭にお団子を付けた、こんな子供にそれをいわれるとは思わなかった。
「三人は千年前からの知り合い、という認識で合っていますか?」
「我が主よ、差し支えなければ我々もバラカと同じように接していただいても構いません。その方が自然です」
「わかった」
「それで先ほどの質問に質問で返してしまいますが、バラカから何も聞いておられないのでしょうか? ファラオの使命や、この世界で何が起こるのか」
「詳しくは聞いてないかな」
「バラカ、どういうことか説明できるか?」
カミールは怒気を孕んだ声でいった。
「だって、ファハド様と一緒に過ごす時間が楽しすぎて、もっと二人きりで居たかったからです!」
バラカはこっちまで恥ずかしくなるような台詞を叫んだ。
「お前というやつは……」
カミールは呆れ果てて言葉が出てこないという様子だった。
「私たちの力を必要とするかどうかは、ファラオの意思に委ねようといったのはカミール兄さんではありませんか。それに今の時代には冒険者ギルドという強大な組織があり、ファハド様はそこを手中に収めようと動いておられるのです」
「なるほど、我々にいわれずとも自発的に行動を開始していると」
「ふーん、やるじゃない」
何やらカミールとレイラの中で、僕の評価が上がったようである。
「そのファラオの使命とかって、教えてもらえるのかな」
「無論です。しかし、ピラミッドにまつわる伝承などで、凡その察しはついているのではないでしょうか」
「不思議なことに、この時代にはかつてのファラオの偉業が何一つとして伝わっていないようなのです」
「ファハド様、それは真ですか?」
カミールは切羽詰まったような表情を浮かべた。
「うん、この時代の人は多分僕と同じように、何も知らないと思うよ」
僕の言葉に、カミールはなんということだと頭を抱えてしまった。
「崩壊の日という言葉に聞き覚えはない?」
レイラは僕の双眸を見詰めながら首を傾げた。
「崩壊の日?」
「その日、ファハド様の生まれ育った世界は滅亡するのです」
カミールは苦虫を噛み潰したような表情で重々しくいった。
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