第九章
嵐の前の静けさ①
「世界が滅亡……?」
カミールとレイラの話は、いよいよ僕の理解できる範疇を逸脱してしまった。
「そうならないようにするのが、お兄ちゃんの役目」
「お兄ちゃんって僕のことかな?」
「ダメ?」
レイラは遠慮がちに聞いた。
「いや、別にダメじゃないよ」
「やったー」
「レイラ、抜け駆けはずるいですよ!」
「レイラたちを呼びに来ないで、先に抜け駆けしようとしたのはバラカお姉さまの方」
レイラは感情的にならず、正論を突き付けた。
「ぐぬぬ。ファハド様、私もお兄ちゃんと呼んでいいですか!?」
「それは何かやりにくいなぁ」
「それでは何とお呼びすればいいのでしょうか」
バラカは縋り付くような声でいった。
「今まで通りでいいんじゃないかな。もうそれで慣れちゃってるし」
「私としたことが、初めからパパと呼んでいれば、今頃……」
果たしてバラカの中でどのような妄想が広がっているのか、目が怖かった。
「いきなりパパなんて呼ばれたら、その時点でパーティは組んでいなかったよ!」
僕はバラカの大きな誤解を訂正した。
「バラカお姉さまは、未だにファラオのお嫁さんになるのが夢なの?」
「ちょっとレイラ、いきなり何を言い出すのですか!」
「あれれぇ、その反応。まだ愛の告白はしていないみたいだね」
レイラはにやけ面を浮かべていた。
「そういうことは、きちんとした段階を踏まえてするものなのです」
バラカはうぶな反応を見せた。
(いきなり一緒にお風呂に入ろうとしたり、同じベッドで寝たりするのはきちんとした段階なのかな)
「二人とも、いつまでくだらない話をしているのだ」
話が脱線したまま突き進んでいるのを見兼ねたカミールが口を開いた。
「ごめんなさい」
「申し訳ありません。つい熱くなってしまいました」
「話を戻すけど、どうして世界は滅亡するのかな?」
すっかり緊張の糸は途切れてしまったが、今の精神状態の方が重たい話を聞くのにはいいのかも知れなかった。
「邪神アポピスが凶悪なモンスターの軍勢を率いて、人類を滅ぼしにやって来るのです」
「邪神アポピス……?」
「やはり、こちらも聞き覚えがないようですね」
カミールは深刻な顔で唸った。
「神って付いてるくらいだから、強いんだろうね」
僕が自分の目で見たことのある強いは、大規模遠征で遭遇したヒュドラである。それ以上の強いは想像しにくかった。
「強いなどという言葉では言い表せません。ピラミッドにある石碑の数だけ、人類は邪神アポピスと戦ってきました。石碑の数だけ、歴代ファラオは邪神アポピスを倒しているのです」
「え、倒してるのにまた攻めてくるの?」
僕は当然湧き出る疑問を口にした。
「不死身かどうかは断言できませんが、倒されても凡そ千年で再び現れるのです」
「なるほど、倒しても倒してもキリがないってことなのか」
「その上、伝承によると前世の記憶を持っているそうですよ」
バラカはそう付け加えた。
「つまり、同じ邪神アポピスが復活してくるのかな? それとも、邪神アポピスとなる存在が生まれるのかな?」
「それってどこが違うの?」
レイラは頭に疑問符を浮かべた。
「我が主は邪神アポピスが輪廻転生しているかどうか確認したいのでしょう」
「うん。生まれ変わって今この瞬間にも人類を滅ぼそうとする力を付けているなら、待つ必要なんてないからね。こっちから攻め込むのも一つの手かなって思ったんだけど」
バラカのいう先手必勝である。
人類を攻め滅ぼそうと準備しているところ攻められたら、邪神アポピスとやらもさぞ驚くに違いない。
「確かに、こちらから攻め込むというのも一つの手でしょう。しかし、邪神アポピスの所在については我々も与り知れぬところです」
「そっか」
「気に病む必要はありません! ファハド様の力があれば、正面から邪神アポピスの軍勢をねじ伏せられます!」
「ほう、ただ者ではない気配を漂わせていましたが、バラカにここまでいわせるとは、我が主は相当な力を持っているようですね」
「強者の匂い」
(千年前の人たちからの評価が妙に高いのは何でだろう。悪い気はしないけど、プレッシャーだなぁ)
ついこの間まで下っ端中の下っ端、遠征隊の荷物持ちをしていた身としては、まずこの重圧に耐えられるのかという不安があった。
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