行き過ぎた愛④
僕は気合十分にタフアクの遺跡に足を踏み入れた。
ラナー遺跡と違って、タフアクの遺跡の出入り口は一つしかなかった。良心的である。
けれども、遺跡内部は複雑に入り組んでおり、しかもサブリーの話では歪みまで検知されているので、まさしく迷宮だった。
「空気が重いね」
普通に呼吸はできるが、まるで水中に居るような感覚だった。
「これも試練の一環のようですね」
「そういえば、ラナー遺跡でバラカは僕のことを呼んでくれたけど、今回も向こうから呼びかけてくれたりするのかな」
「それはあまり期待しない方がいいでしょう。私の場合はファハド様が迎えに来てくれたことが嬉しすぎてつい呼んでしまいましたが……」
バラカはばつが悪そうに頬を掻いた。
「ははは、バラカらしいね。だとすると、これの意味を解き明かす必要がありそうだね」
僕は遺跡内部の所々に描かれた壁画を見上げた。
壁画は二つの異なる物(人、動物、モンスター、太陽、ピラミッドなどなど)と、その間には必ず天秤が描かれていた。
また、この壁画は分岐路の叉のところに描かれていた。
「この壁画は正しい道を示してくれているんだと思うけど。普通に考えれば、天秤に二つの物を乗せたら重たい方に傾くよね」
「はい。普通はそうなります」
「その重たい方が正しい道でしたじゃ、謎にはならないはずだよね。だから、たとえばどちらか一方しか救えないとして、どちらを助けるかとか、そういう心の傾きを試されているんじゃないかな」
僕はぱっと思いついた推測を語った。
「――その通りです」
すると、どこからともなく男の声が響いてきた。
「この声は……」
「カミール兄さん……!」
少し籠ったような感じだが、バラカはすぐにその声の主が誰かわかった様子である。
(兄さん? 兄妹?)
「我が第一の試練を潜り抜け、バラカが付き従っているということは、その者がこの時代のファラオ候補なのですね」
「候補ではありません! ファハド様はまごうことなきファラオです! 私はこの目でその実力を確かめました!」
バラカは小さい子供が駄々を捏ねるみたいに、地団駄を踏みながら抗議した。
「それは我が試練にて明らかになることだ。――ファラオよ、どうか我が余興に付き合っていただけませんか?」
「もちろん、そのためにここへ来ました」
「我が試練が
まだ見ぬカミールが、深々と頭を下げてかしづく光景が脳裏に浮かんだ。
「自分の思うがまま」
僕はカミールの言葉を復唱しながら、もう一度壁画を見上げた。
(う~ん、どう見ても犬と猫だよなあ)
壁画に描かれていたのは犬と猫と天秤だった。
一問目から激ムズである。
犬派か猫派かという不毛極まりない問いで、一体何がわかるというのだろうか。
僕はこれまでの人生で一度もペットを飼ったことがなかったし、犬の良さも猫の良さも正直いってわからなかった。
ただ、大規模遠征やバラカの使役するカヤリなどで、犬の有用な場面に触れる機会が多かったので、もし自分でどちらかを飼わなければならないとなると、犬という答えになってしまう。
「ちなみにですが、カミールは猫派です」
バラカはそっと耳打ちした。
「おいバラカ、そういう助言は真意を歪めるのでやめろ!」
再び、どこからともなくカミールの声が響いてきた。
(くっ、バラカの一言で迷いが……)
自分の最初に抱いていた感覚に従って犬派へ行くべきか、カミールに寄せて猫派に改宗するべきか。
僕の心の天秤はゆらゆらと揺れ動いていた。
ふと、とても単純なことに気付いた。
(そうか、難しく考えなくてもいいんだ。そもそもカミールさんは僕が犬を選ぼうとしていたことを知らないわけだし。僕が自分の意見を曲げたことを証明できないはずだ)
「正解が見えたようですね、ファハド様」
「うん、正解は――犬だ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます