憧憬の眼差し⑦

「ファハド、どうしてお前がここに!?」


 周囲を見る余裕のできたサイードは、狐に摘ままれたような顔でいった。


「どうしてって、助けに来たんだよ」


「あら、ファハド様のお知合いの方たちでしたか」


「まあ、そんなところかな」


「あなた死んだはずじゃ……? まさか幽霊……!?」


 ムルジャーナは表情を青褪めさせながら、とんでもなく失礼なことを口にした。


「ちょっと遺跡で迷っただけで、このとおり無事だったよ」


 いちいち腹を立てるのも馬鹿らしかったので、僕は呼吸を整えながら返した。


「そんなことよりお前、それって俺が押し付けた呪い装備だよな? 使っているのか? 気は確かか?」


「三人からもらった呪い装備は大切に使わせてもらっているよ。本当に感謝している」


 僕はできるだけ感情が籠らないようにいった。


「呪い装備を着用したままダンジョンを潜れるわけないないじゃない! やっぱりこいつら亡霊よ! アサーラがくたばりかけているから、死の臭いに引き寄せられて来たに違いないわ!」


 ムルジャーナはヒステリックを起こしたように叫んだ。


(せめて黙ってて欲しいな……)


 元パーティメンバーの言動は、僕をげんなりさせるには十分のひん曲がり具合だった。


「あなた方のことはよく知りませんが、ファハド様に仇なす者ということでよろしいでしょうか」


 バラカは殺気を纏いながら、サイードたちの方へにじり寄った。


「何だ小娘、プラチナ級の俺とやる気か!?」


「ほう。プラチナ級でしたら、ブロンズ級の私がいくら殴っても死にませんよね」


「バラカ、今は抑えて。僕たちはこの人たちを救助に来たんだからね」


「ファハド様がそう仰るなら、この場は拳を開きます」


 バラカは手をパーにした。


 拳をパーにしただけで、バラカは怒りを収めたわけではなかった。


 僕が気付いて止めに入るよりも前に、バチーンとサイードの頬を引っ叩いた。


「ぶほあっ!?」


 痛烈な平手打ちを食らったサイードは、白目を剥いて気絶した。


「ふぅ、すっきりしました」


「すっきりしましたじゃないよ! 怪我人を増やしてどうするの!」


「運ぶのは一人だけです。そちらの娘は村へ着くまで持たないので、ここに置いていきましょう」


「ううう……」


 アサーラは意識が混濁している様子で、ずっと呻き声をあげていた。呼吸も弱弱しい。


「助からないってこと?」


「脇腹に内出血が見られます。瘴気がそこまで回っている証です。じきに肺にまで回って、呼吸不全で命を落とします」


「ちょっと、何とかしなさいよ! あんたたちがちんたらしてたせいでしょ!」


 ムルジャーナは理不尽なキレ方をした。


「バラカ、何か方法はないの?」


 アサーラから押し付けられた呪い装備アンジェリカには、瘴気の完全耐性の効果が付与されていたが、生憎持ち合わせていなかった。


 アンジェリカはゴツゴツとした指輪型の呪い装備で、何かと邪魔になるので家に置いてきたのである。呪い装備は着用していなくてもその能力が発揮されるので、普段から身に付けておく必要がなかったからである。


「ファハド様は誰に対してもお優しいのですね。その娘の生命力に賭けることになりますが、一命を取り留める可能性のある方法はあります」


 バラカは気乗りしない感じでいった。


「遭難者全員生存と犠牲者一人だったら、噂になった時どっちの方が僕の名誉になると思うかな?」


「それは当然、遭難者全員生存です」


 バラカは即答した。


「それなら、やることは明白だよね」


「畏まりました」


 バラカは大きく息を吸い込むと、アサーラの唇をぱくっとマウストゥマウス。アサーラの肺に思い切り息を吹き込んだ。


 毎度のことながら、バラカの行動は予想がつかないので驚かされっぱなしだ。


 呼吸しているところに無理矢理空気を送り込まれたのだから、アサーラは初めのうちは苦しそうにしていたが、やがて顔色が穏やかなものになった。


「この方の唾液は少し甘みがありますね」


「その感想はどうかと思うけど、アサーラさんは助かりそうかな?」


「良く見積もっても半々といったところでしょう」


「いずれにしても、早くまともな治療を受けさせた方がいいだろうね」


 僕がサイードを、バラカがアサーラを担いだ。


 と、その前に、僕はオーパーツ『フォン』を使って冒険者ギルドに報告を入れた。


「もしもし、冒険者ギルドに所属するファハドです。あ、はい、そうです。遭難者三名を救出し、これから村へ戻ります。ただ、一人がオルトロスに噛まれて瀕死の状態なので、瘴気を除去できる人を派遣して欲しいです」

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