憧憬の眼差し⑥

 ゴブリンのコロニーと思しき場所に到着すると、そこには骨と乾いた血痕が残されていた。


 どの骨も小さい物で、人の骨はなさそうだった。


「討たれたゴブリンはオルトロスの餌になったようですね」


「そうみたいだね。崖の方向は……あっちだね」


 僕はオーパーツ『マグネ』を見ながら視線を巡らせた。この世界での方位磁針の役割を果たすものである。


 ちょうど顔を上げたタイミングで、森の奥から一羽の鷹が飛んできた。


 鷹型カヤリの体は葉っぱでできていたのでほとんど森と同化していたが、僕の目はその姿を鮮明に捕捉していた。


 恐らく呪い装備カタリナの身体能力の強化による恩恵だろうが、慣れていなかったので違和感がすごかった。


 鷹型カヤリはヒューとバラカの肩に止まった。


「ふむふむなるほど、わかりました。休んでいいですよ」


 報告を終えたカヤリはパッとただの葉っぱに戻った。


「何かわかったの?」


「崖際にそれらしき三人組を発見したそうです」


「おお、お手柄だね」


「ただ、急いだ方が良さそうです。オルトロスの群れがそちらへ向かっているそうです」


「それはまずいね。僕の足だと間に合わないかも知れないから、バラカが先行してオルトロスの注意を引き付けてくれないかな」


「畏まりました」


 バラカが駆け出し、僕もその後に付いて行った。


 オーク討伐の時にも思ったが、やはりバラカの身体能力は人の域を超えていた。しかもこれがスキルやオーパーツによるものではなく、ただ筋肉に酸素を取り込んだだけの能力だというのだから末恐ろしかった。


(あれ?)


 僕とバラカの距離は想定していたよりも離されなかった。


 以前の僕と比べて当社比200パーセントくらいの速度で森の中を走ることができていた。


 冒険者として強くなることは本来喜ばしいことのはずなのだが、自分が自分でなくなるような気がして怖いと感じているのは、僕がまだまだ未熟なせいかも知れなかった。


 そんなこと考えているうちに、森の出口が見えてきた。


 森と崖際にできた空間に、双頭の黒い影がざっと見て二十以上は居るだろうか。


 森を抜けると、三人組の冒険者の姿も視認することができた。


「あっ、あ……」


 その瞬間、僕の心筋は痙攣でも起こしたかのように、鼓動がおかしな脈を打った。


 サイード、ムルジャーナ、アサーラ。僕にとって忘れ去りたいが、決して忘れることのできないトラウマを植え付けた三人組だった。


「ファハド様、どうされたのですか?」


「バラカ……」


 三人とも既に満身創痍だった。


 その中でも特にアサーラの状態が酷かった。オルトロスに右太ももを咬み裂かれ、血中に多量の瘴気が入ったのだろう。


 今すぐ治療を開始しても助かるかどうか半々といったところである。


 三人を見捨ててこの場から立ち去れば、金輪際会うことはないはずである。みんな仲良くオルトロスの餌になる。


 見殺しにされても、この三人は文句をいう資格はないはずである。実際、それくらい酷いことを仕出かしたのである。


「うわあああああ――!?」


 オルトロスがサイードに飛び掛かった。


 万策尽きたサイードは、ただの被捕食者だった。


「くっ……!」


 僕は淀みない動作でホルスターから呪い装備マックスを取り出し、サイードに襲い掛かろうとしたオルトロスを撃ち抜いていた。


 悔しかった。


 一瞬でもサイードたちを見捨てようとした自分の醜さに腹が立った。


 助けられたはずの命に手を差し伸べなければ、サイードたちと何が違うのか。


 僕はあちら側にいくのだけは死んでも御免だった。


「バラカ、三人をこっちへ! 道は僕が切り開くから!」


「わかりました」


 バラカは僕の目に光が戻ったと察したようで、力強く頷いた。


 オルトロスはオークのように単細胞ではなかった。仲間を三体失ったところで、一斉に森の方へと退いていった。


 バラカは尻尾を巻いて逃げるオルトロスを追撃したそうにしていたが、ひとまず三人の元へと駆け寄った。


「ファハド様、オルトロスを追わなくてよろしいのでしょうか」


「僕たちの目的は遭難者の救出だし、深追いをする必要はないよ。それにオルトロスは強者の臭いを覚えて、近付かなくなるらしいよ」


 僕はマックスをホルスターに仕舞いながら、バラカの方へと歩いていった。


 なるべく自然体で居ようと心掛けているが、果たして僕は平静で居られるのだろうか。

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