力を付ける⑦
「オオオオオオオオオオオオオオオオオ――!」
オークは雄叫びをあげると、跳び上がった。
枝葉を突き破り、その姿を見失ってしまった。
「ファハド様、お下がりください!」
バラカは僕の前に飛び出すと、大地を踏み締め大きく息を吸い込んだ。
直後、僕たちの頭上、枝葉を突き破りオーク変異体が襲い掛かってきた。
オーク変異体は石斧を振り被り、バラカは右の拳を引き絞った。
(既視感)
バラカの拳は石斧を打ち砕き、オーク変異体の胸部に風穴を開けた。
「オオオオオオオオオオ――!」
即死してもおかしくな致命傷を負いながらもオーク変異体は止まらなかった。拳を振り抜いて無防備となったバラカを、横合いから思い切り殴りつけた。
「くっ」
攻撃を受け止めきれなかったバラカの体は闘牛にはねられたように吹き飛び、木に激突した。
「バラカ!」
すぐさまバラカを介抱したかったが、状況はそれを許さなかった。
オーク変異体の胸の傷もみるみるうちに塞がっていった。
「このお!」
僕は一心不乱に引き金を引き続けた。
驚異的な動体視力と反射神経を見せたオーク変異体も、至近距離からの発砲には対応できなかった。
魔弾はオーク変異体に次々に穴を開けたが、開けた傍から傷口が再生していった。
やがてバラカに開けられた胸の傷が完全に塞がると、オーク変異体は膝を軽く曲げた。
(殺りきれない……! 殺られる……!)
命のやり取りの何たるかを心得ているわけではなかったが、そんな僕でさえ死を覚悟した。
「カヤリ、ファハド様をお守りしなさい!」
バラカが叫ぶと、僕とオーク変異体との間の地面がもこもこもこっと盛り上がり、あっという間に巨大な象を象った。
パオーンと胸に響く鳴き声を上げ、鼻を高々と突き上げた。
その隙にバラカは僕の元へと駆け寄ると、僕の首と膝裏に腕を回して体を持ち上げた。いわゆる、お姫様抱っこである。
そのままの格好で、バラカは戦場から急速に離脱した。
「バラカ、あのカヤリならオーク変異体を倒せるんじゃないか?」
「あの子はすぐに消えるので、足止めにしかなりません」
「そうなんだ」
象型カヤリは僕たちからオーク変異体を遠ざけるように、森の奥へと押し込んでいった。
ふと、バラカの右肩から血が滴っていることに気付いた。
「バラカ、怪我してるの!? 僕のことはいいからもう降ろして!」
「この程度、掠り傷です」
バラカは額に汗を滲ませながら白い歯を見せた。
やせ我慢しているのはバレバレだったが、僕のためならバラカはその身を顧みないだろう。無理に降りようとしても、降ろしてくれないだろう。何ならその押し問答で怪我が悪化する恐れすらあった。
「あそこの洞窟に入ってくれないかな」
僕は進行方向からやや逸れた場所に見える洞窟を指差した。
「お言葉ですが、洞窟に入るのは得策ではありません。逃げ場が狭まってしまいます」
「大丈夫だよ、僕にいい考えがあるから」
「流石はファハド様です。この短時間に敵を討つ策略を練り上げたのですね」
バラカは僕の言葉をまったく疑わず、洞窟へ向かった。
洞窟に入ると、まずはバラカの怪我の状態を確認した。
お姫様抱っこされていたので見えていなかったが、バラカの右肩に木の枝が突き刺さっていた。木に叩きつけられた際に突き刺さったのだろう。
僕はリュックサックから止血道具を取り出すと、木の枝を握り締めた。
「抜くからね」
「はい」
バラカの右肩から木の枝を引き抜くと、僕は素早く応急処置を済ませた。
処置の際、バラカは口を真一文字に結んで呻き声一つ漏らさなかった。
「終わったよ」
「ありがとうございます」
「痛くなかった? それとも我慢してたの?」
「どのような拷問を受けても口を割らない訓練を積んでいますので」
「はは……、本当に色んな訓練を積んでいるんだね」
僕は苦笑いを浮かべた。
「ところで、そろそろあのオークを倒す秘策を教えていただけませんか」
「その前に一つ聞くけど、あのオーク変異体は不死身だと思う?」
「他のオークよりも身体能力と再生能力が優れていますが、不死身ではないと考えます」
「その根拠はあるかな?」
「不死身であるなら、ファハド様の最初の攻撃を避ける必要はありません。そして、その後の攻撃も頭部だけは守っていたように感じました」
「うん、僕と同じ見解で安心したよ。だったら、やることは一つだね」
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