力を付ける③

 クーアに紹介してもらったお店で少し早めの夕食を済ませると、僕たちは昼過ぎに予約をした宿へと向かった。


「バラカがキノコ苦手っていうのは少し意外だったよ」


「子供の頃、キノコで死にかけて以来食べれなくなったのです。私は成績優秀で美貌まで兼ね備えていたので、妬まれたのでしょう」


「結構壮絶な理由だね」


「王位の争いに比べれば、子供のじゃれ合いの範疇です」


 バラカの過去をほんの少し知れたところで、宿に到着した。


「204号室、もうベッドメイキングは済んでいるにゃ」


「はい」


 僕はケット・シーのお姉さんから鍵を受け取った。


 若干急な階段を上って二階へ、廊下を進んだ突き当りに204号室はあった。


 鍵を開けて部屋に入る。


 すると、まず目に飛び込んできたのは立派なダブルベッドだった。


 ダブルベッドの中央には、赤いタオルでハートの形が模してあった。


「あはは……、宿の人が僕たちの関係を勘違いしちゃったみたいだね。まだ時間も遅くないし、ベッドを二つ用意してもらうよ」


「私はこのままでも全然構いませんよ。それにせっかくの好意を無下にしてしまうのは、失礼ではありませんか?」


 バラカがここぞとばかりに攻めてきた。


「バラカ、僕に変なことしようとしてないよね?」


「変なこととは何でしょうか、具体的にいってもらわないとわかりません」


 バラカは意地悪っぽくいった。


「ぐぐ……、その、布団の中で意味もなく抱き着いて来たりとか!」


「安心してください。私、意味もなく抱き着いたりはしませんので」


 バラカは意味深長な台詞を口にした。


「それなら、布団の中で僕に触るのは禁止だからね!」


 これでバラカの行動を大幅に制限できるはずである。


「そんな、ファハド様は私のことがお気に召さないのでしょうか!?」


「お気に召す召さないの話じゃなくて、僕たちはまだ知り合って一日も経っていない、お互いのことを何も知らない状態でしょ。もっと同じ時間を共有して、お互い相手のことを知ってからじゃないと」


「くすくす、やはりファハド様は古風なお考えですね」


「だから、バラカが古風っていうのはおかしいからね」


「わかりました、今日のところは歯を食い縛って我慢します。もうしばらく今のファハド様のままでいいような気もしますし」


「それは助かるよ」


 僕が安堵の溜息をついたのも束の間だった。


「それでは、お背中を流しますね」


「やっぱりバラカ、僕に変なことするつもりでしょ!」


「変なことしませんよ。それとも、変なことを期待しているのでしょうか」


「し、してないよ! とにかく、僕は一人でもお風呂に入れるから、覗いたりするのも禁止だからね」


「はーい」


 バラカは不満そうに返事した。


 湯船のお湯を汚すのも気が引けたので、お風呂はバラカに先に入ってもらった。


 結果的に、僕はバラカの入った湯船が気になってしまい、いまいちのんびりと浸かることができなかった。


(意識しすぎかなあ。これじゃあバラカのいうように、変なことを期待しているみたいじゃないか)


 僕は気持ちを落ち着けるために、冷水を被ってから浴室を出た。


 部屋に戻ると、バラカがベッドの上でバスタオルを敷いていた。


「ファハド様、どこか凝っているところはありませんか?」


「いや、特に凝っているところはないよ」


「一日中歩き回ったので、足は疲れていませんか? 私が揉み解しましょうか。いえ、揉み解させてください」


「バラカ、目が怖いよ。それにこのくらいの散歩じゃ、本当に全然疲れないんだよ」


 僕の足腰は遠征で鍛えられていた。


 五十キロ近い荷物を背負って一日中歩くだけを数週間も繰り返していれば、誰だってこうなるはずだ。


「ぐぬぬ……。かくなる上は、ファハド様が私の足をマッサージしてください!」


 バラカは腰に纏った布を取っ払って、ベッドの上でうつ伏せになった。


「意味がわからないよ! 僕マッサージとかやったことないし! とにかく服を着て!」


 僕は生暖かい布を拾って、バラカの下半身に被せた。


「うう、ファハド様が私を必要としてくれません」


 バラカは泣き言を口にしながら布を巻いた。


「バラカ、そんなに落ち込まないで。こうして一緒に居てくれるだけで、僕はとても心強く感じているんだから」


「本当ですか?」


「うん、こんなことで嘘はつかないよ」


「ファハド様……」


 バラカは目をうるうるさせていった。


「さ、明日は日の出から動くから、そろそろ寝るよ」


「はい」


 不滅の松明に金属製のビールジョッキのような蓋を被せて消灯した。蓋には細長い縦の切れ込みが入っており、灯りが僅かに外へ漏れ出すようになっていた。


 僕はベッドの右側、バラカは左側に寝転がった。


 布団内の空気を通じて、しっとりとバラカの体温を感じた。

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