力を付ける②

 ひとまず宿も確保できたので、僕たちは依頼主の族長の元へ向かった。


 相手はお偉いさんだったが、すぐに面会の許可が下りた。


(暇なのかな)


 僕たちは会議室らしき部屋に案内された。


「ファハド様をこのような埃っぽい部屋で待たせるなんて、失礼極まりないですね」


「バラカ、くれぐれも失礼のないようにね」


 それから待つこと数分、部屋に恰幅のいい三十路前後の男が入ってきた。


「悪いな、待たせちまったかな」


「族長のボディガードの方ですか?」


 語尾が普通だとか思いながら、僕は聞いた。


「いやいや、俺っちがこの村の族長クーアだ、よろしくな」


 クーアは丸太のように太い腕で握手を求めてきた。


「ああ、族長さんですか。僕はファハドです」


 僕は分厚いゴム版のような手を握り返した。


 僕の想像していた族長像とは違ったが、リーダー的な存在であるのは一目見ればわかった。


「バラカと申します」


 バラカは礼儀正しく挨拶した。


「中央の村は年功序列で族長を選ぶそうだが、ここでは最も強い戦士が族長になる仕来りなんだ」


「そうなんですね」


「あんたたちは二人だけか?」


「はい、そうです。オークの討伐に二人だけというのは、やはり不安ですか?」


「いや、ただの確認だ。二人が相当な手練れだということは、風貌を見ていればわかるから心配していない」


「ははは、わかりますか」


 僕は愛想笑いを浮かべた。


「さて、そろそろ依頼の件について話そうか。内容は実にシンプルだ。俺っちたちが狩場にしている南西の森で、オークによる被害が出ているんだ。そいつらを森から叩き出して欲しい」


 クーアは手の平と拳をパチンと合わせた。


「それは構わないんですけど、オークを討伐したことをどうやって伝えればいいんですか?」


「戦果としてやつらの首飾りを持って帰ってきてくれればいい。一つにつき1000マネーの報酬を支払おう」


「一つにつき1000マネー……」


 十匹も討伐すれば、遠征の給料分くらいは稼げてしまう。


 ゴールド級、プラチナ級の冒険者の羽振りがよく見えてしまうのは、当然だった。


「解せませんね」


 不意にバラカはいった。


「どうした、報酬額が不服か? 相場に比べれば、破格の好条件だと思うぜ?」


 オークの討伐なんて初めて引き受けるから、報酬額が多いのか少ないのかなんてわからないというのが本音だった。


「あなたほどの力を持つ者が、高々オークの討伐如きに他の冒険者の力を借りる必要などないということです」


 バラカは面倒くさそうにいった。


「一対一なら軽く捻り潰してやるが、相手は徒党を組んでいる。背中を取られると、流石の俺っちでも厳しいからな」


「それなら背中を預けられる仲間と共に戦えば済む話です。村の守衛の中にはそれなりに腕の立つ者が見受けられました。それとも、冒険者ギルドに助けを求めなければならない理由でもあったのでしょうか」


 バラカが何を言いたいのか、察しの悪い僕にも何となく察しがついた。


「わかった、隠し事はなしだ。お嬢さんのいった通り、ただのオークなら訳ないが、近頃南西の森に出没しているオークは妙な力を使って手を焼いているんだ」


「妙な力ですか?」


「他のオークより強いというのもあるが、矢で射られようが剣で斬られようが、傷口がみるみるうちに再生するんだ」


「オークは元々傷の治りが速いって聞きますけど」


「ただのオークの治癒能力くらいで俺っちたちが引き下がるわけないだろ。あいつは明らかに異常だった」


「オークキングではないですよね?」


「他のオークとは少し違ったが、オークキングでないのは間違いない」


「そんな得体の知れないモンスターと私たちを戦わせようとしたのですか? それでもしファハド様の身に何かあれば、あなた万死に値しますよ」


 バラカは怒気を孕んだ声色でいった。


 本当なら僕が怒る場面なのだろうが、怒ることに慣れていないので正直いってくれてありがたかった。


「どこの馬の骨とも知れない冒険者だったら丁重に断っていたさ。だが、実際にやって来たのは俺っちの期待以上の冒険者だ。こいつはツいてるぜ」


 クーアは悪びれた様子もなく口端を吊り上げた。


「他に何か僕たちに伝えるべきことはないですよね?」


「ないぜ。おいおいお嬢さんそんな怖い顔で睨むなって、美人が台無しだぞ」


 クーアはバラカの殺気にたじたじだった。


「そのオークの外見的な特徴とか教えてもらえませんか?」


「外見的な特徴はないが、君たち歴戦の冒険者なら一目見れば必ずわかるはずだ」


 僕ほとんど前線に立ったことがないんですとも言い出しづらかったので、それっぽい顔を作って頷いておいた。


「何か必要な物があれば遠慮なくいってくれ。あのオークを討伐できるなら協力は惜しまないぜ」


 クーアはドンと胸を叩いた。


「バラカは欲しい武器や薬はある?」


「特にありません」


「最後に一つだけ聞いていいですか?」


「おう、いいぜ」


「この村で一番美味しいお店ってどこですか?」


「……だっはっはっは、確かに腹が減ってたら戦えないよな」

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