覇の道も一歩から⑤

「それにしても、あんなべっぴんを連れて帰ってくるとは、流石の俺でも予想できなかったぜ」


「僕もどうしてこうなったのかさっぱりわからないよ」


「なあ、俺にも運命の相手が見付かる術を伝授してくれよ」


 ハリールは縋り付くような声でいった。


「運命の相手って、もしかしてバラカのことをいってる?」


「俺の目には、バラカさんがファハドに対して並々ならぬ感情を抱いているように見えているぜ? もうパーティには誘ったのか?」


「誘ってはないけど、多分パーティを組むことになるんじゃないかな」


「ちゃんといっておいた方がいいぞ。気持ちっていうのは、言葉にしないと伝わらないもんだからな」


「そうだね」


 僕もハリールに友達だといってもらえるまで不安を感じていたことを思い出した。


 さて、そろそろバラカとシャザーの仲裁に入ろう。


 そう思い立って二人の方に視線を戻すと、信じられない光景があった。


「――そうそう、ファハド君の困っている顔が可愛くて、ついつい意地悪しちゃうの」


「同感です。うぶな表情を浮かべているファハド様は、いけないとわかっていながらもついつい愛でたくなります」


「二人はいつの間に仲良くなったの?」


「仲直り?」


「最初から仲良しだったではありませんか」


 バラカとシャザーはすっかり意気投合していた。


「まあ、喧嘩してないならいいか。ああ、シャザーさん、紅茶ありがとうございました。美味しかったです」


「どういたしまして。また、買いすぎたらあげるね」


「へえ、あれはシャザーの紅茶だったのですか」


「ファハド君、どうしてバラカが私の紅茶を飲んでるの? まさか家に連れ込んだの!?」


「いや、連れ込んだというか、家を確認するついでにお茶を淹れただけですよ」


「いつの間にかそんなテクニックを身に付けたのね」


 シャザーはしみじみいった。


「身に付けてません! それより、バラカを冒険者ギルドに登録したいんですけど、お願いできますか?」


「ええ、もちろん」


 冒険者ギルドへの登録は名前と生年月日、後は顔写真を一枚撮影するだけである。あと拇印ぼいんも押したような気がするが、僕の記憶は朧気おぼろげだった。


 三分と経たないうちに、バラカが手続きを済ませて戻ってきた。


「登録できたかな?」


「これで私もファハド様と同じ冒険者です」


 バラカは笑顔で報告した。


「良かったね」


「ところで、難しい顔をされて何を吟味なさっていたのでしょうか」


「ああ、これは冒険者ギルドからの依頼が貼り出されていて、これをこなすことでお金がもらえるんだ」


「なるほど、そういう仕組みですか。ファハド様はどの依頼を受けるかお考えだったのですね」


「うん、そんなところだね」


「一つお聞きしたいのですが、この依頼と覇道とがどう関係してくるのでしょうか」


 気を抜いた頃に、バラカは僕にファラオであることを求めてくる。


「先立つ物がなければ国を作るなんて夢のまた夢でしょ?」


「お言葉ですが、資金の調達であればもっと効率的な方法があるのではありませんか?」


「ぐ……」


 ぐうの音も出ない正論だった。


 けれども、ここで折れたら僕は冒険者を辞めることになってしまう。


「今の時代、実力を示すのに最も適しているのが冒険者ギルドからの依頼を完遂することだからだよ。力で相手をねじ伏せるのは簡単だけど、それは僕の目指しているファラオ像ではないからね」


 我ながらうまい切り替えしだと思った。


「まさかそこまで計算してのことだったのですね、感服いたしました」


「いやいや、本当にそれほどでもないよ」


 真っ直ぐ慕ってくれているバラカに対して、僕はちょっぴり罪悪感を覚えた。


「ファハド様の実力を示すに値する依頼はありそうですか?」


「そうだね、まだバラカの実力もわからないからアルスウルのオークの討伐依頼とかどうかな」


 オークは恵まれた体格と苔色の肌を持つモンスターである。


 オークはある程度知恵もあり、原始的な武器を装備して徒党を組んでいるので、トライホーンやスケルトンなどとはレベルが違う相手である。


 正直、僕からすればかなり背伸びをした依頼となる。本来、オークの討伐はゴールド級の冒険者が数人集まって行うものだからである。とはいえ、生易しい依頼を選べば先ほどの言葉の信憑性が薄れてしまうので、この辺りが妥協点だろう。


「オークの討伐……」


 バラカは神妙な面持ちを浮かべた。


 ひょっとするとオークの討伐と聞いて、少しくらい恐怖を感じているのかも知れなかった。そうであれば、討伐対象のグレードを落とす話にも持っていきやすい。


「別に無理にとはいわないけどね。もっと楽な依頼も沢山あるし」


「いえ、懐かしいと思いまして。選抜試験の時もオークの討伐を命じられたのです」


 僕の仄かな期待とは裏腹に、バラカは既にオークの討伐を経験済みだったらしい。


「へ、へぇ、それっていくつくらいの時の話なの?」


「十歳です」


「十歳でオークを討伐したのか……」


 バラカは現在十六歳、十歳の頃と比べると文字通り大人と子供くらいの体力差があった。


 バラカは僕が想像しているよりも遥かに強いのかも知れなかった。

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