覇の道も一歩から②

 ダンジョン都市ガリグに戻ってきた。


 まずはバラカが何食わぬ顔でピラミッドの外に出て行った。


 バラカとは大通りを抜けた先にあるパン屋前で落ち合う予定である。


 しばしの間を開け、僕もピラミッドを出た。


 けれども、すぐさまバラカの元へは向かわず、僕は踵を返すと税関の窓口に並んだ。


「ファハド君……?」


 受付嬢のズィーナは僕の顔をまるで幽霊でも見るかのような眼差しで見た。


「えっと、お久し振りです」


 僕の感覚では数時間振りだが、挨拶としてはこれで正しいはずだ。


「お久し振りです、じゃないわよ! 本当に心配したんだから!」


「僕もよくわかっていないんですけど、遺跡の石碑に触れて気付いたら二週間も経っていたみたいで」


 嘘はいっていない。


「あの時ファハド君のことを止めなかったの、すごく後悔したんだからね! たくさん泣いて、たくさんお酒も飲んで、そのせいで二キロも太ったんだからね! 責任取ってよね!」


 ズィーナは感情任せにそうまくしたてた。


「ごめんなさい、今度お詫びとして何か美味しい物を持ってきますから!」


「これ以上私を太らせる気なの!?」


「あわわ、そういうわけじゃないです!」


「まったく、もう。シャザーにはもう顔を見せたの?」


「いえ、今戻ってきたところなので」


「それなら早く行ってきてあげなさい。ファハド君が行方不明になってからずっと落ち込んでるのよ」


「はい。行ってきます」


 僕はもう一度頭を下げると、窓口を後にした。




 待ち合わせ場所に行くと、バラカが窓からパン屋の中を凝視していた。


「お待たせ」


「あ、ファハド様、いらっしゃったのですね」


 バラカは慌てて振り返った。


「パン食べたいの?」


「いえ、食べたいというわけでは。ただ、あの小麦色のふかふかした食べ物がどのような味なのか、多少の興味があるだけです」


(それを食べたいというのでは)


 僕は内心でツッコんだ。


「そうか、バラカはパンを知らないのか。そういえば、小麦粉は外の世界から輸入しているんだっけ」


「やはり、これは外の世界の食べ物なのですね」


「パンを見てたらお腹が空いてきちゃった。いくつか買ってくるけど、バラカも味見してみる?」


 正直いうとお腹は空いていなかったが、バラカが遠慮してしまわないように気を遣った。


 けれども、バラカは首を縦に振らなかった。


「いえ、これ以上私のために軍資金を割く必要はありません」


「軍資金……」


 僕は手の平にすっぽりと収まる財布に視線を落とした。


(なるほど。ケット・シーのお土産屋でこの世界の貨幣価値を学んで、僕のお財布が寂しいことに気付いちゃったのか。お金の心配はないといっても、説得力もないよね)


 どうしたものかと僕は頭を捻って、そして閃いた。


「実は僕、ここのパン屋で買い物をするのは初めてなんだ。万が一、パンに毒でも入っていたらどうしようかな」


「毒、ですか?」


 バラカは店頭に並んだ食べ物に毒なんて入っているのだろうか、と疑問の表情を浮かべていた。


 尤もな反応である。


 僕だって口にしてから、自分でも何をいっているんだと軽く後悔した。


 でも、僕はこの訳のわからない理屈を通すしかなかった。


「そう、毒だ。僕が毒を食べて死んだら困るでしょ?」


 ちなみにこの時、僕は呪い装備アンジェリカによって、毒に対する完全耐性を持っていることを忘れていた。


「はい、それは一大事です」


「だから、バラカに毒味をして欲しいんだ。頼めるかな?」


 ここでようやくバラカは僕の言葉の意図を汲み取った。


「畏まりました」


 バラカは微笑みながらいった。


「少し待っていて」


 僕はパン屋に入ると、チョココロネを二つ購入した。


 バラカの覗いていた窓から正面の棚に並んでいたので、恐らくこれが気になっていたのだろう。


「はい、これだよね」


「味見してもよろしいでしょうか!?」


「うん、いいよ」


(味見っていっちゃってる)


 僕は口元が緩みそうになるのを堪える。


「はむっ」


(バラカは先っぽの方からいく派か)


「ああバラカ、チョコレートが零れちゃうよ」


 バラカが先っぽを齧るもんだから、チョコレートが圧迫されてはみ出していた。


「むむ~、これは交互に食べればよいのでしょうか」


「チョココロネの本当の食べ方は、先っぽの方をちぎって後ろの方に突っ込んで蓋をするんだよ。そうすれば押し出されないでしょ?」


「どうしましょう、私何も知らずに誤って蓋を食べてしまいました」


 バラカは表情を青褪めさせた。


「そんなに絶望するようなことでもないよ。はい、僕の先っぽを使って」


「私に先っぽを渡してしまっては、ファハド様が食べられなくなるではありませんか!?」


「僕くらいの玄人になると、先っぽがなくても平気だよ」


「流石はファハド様です」


 などというやり取りを経て、バラカは二口目のチョココロネを頬張った。


「んんー、なんですかこの強い甘みの後からくる濃厚で艶美な香りは!? まるで禁断の果汁のようです!」


 バラカは目をキラキラさせながらはしゃいだ。


「ははは、大げさすぎるよ」


 さっきからずっと笑いを堪えていたので、僕はダムが決壊したように噴き出した。いわゆるツボに入ったというやつだ。

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