第五章

覇の道も一歩から①

「申し訳ありません。私がしっかりと説明しなかったばかりに、ファハド様に多大なご迷惑をおかけする羽目になってしまいました。つきましては、いかなる罰も甘んじて受け入れる所存です」


「別にそこまで怒ってないって。知らずに入ったのは僕の方だし、不可抗力だよ」


 僕はまあまあとなだめた。


「ファハド様は優しすぎます! 臣下の失態に対して何らかの罰を与えなければ、周囲への示しがつきませんよ!」


 バラカは頬を膨らませて、不満を表した。


(あれ、僕が怒られている?)


 尤も、膨れっ面のバラカも愛くるしさがあって、本気で怒られているような感じはしなかった。


「周囲も何も、僕の仲間はバラカだけだよ」


「またまたそのような御冗談をいって、私をからかおうとしているのですね」


「ははは……。冗談なら良かったんだけどね。これまで僕に仲間と呼べるような人は居なかったんだ」


 僕は力なく笑った。


「つまり、私がファハド様の初めての相手になるということでしょうか」


「合ってるけど、その表現は誤解を招くからね!? まぁでも、バラカが僕を慕ってくれているのは素直に嬉しいよ」


「私の方こそ、ファハド様に思っていただいて幸せです」


 バラカはしおらしくいった。


 そして、両者の間に何ともいえない空気が流れた。


 僕が今まで味わったことのない甘酸っぱいものだ。


「ああ、そうだ。一つ決めておきたいことがあったんだ」


 耐えかねた僕は不自然に話題を変えた。


「何でしょうか」


「僕たちの表向きの関係性をどうするか考えておかないと」


「遺跡でおっしゃっていたパーティの仲間だけでは不十分なのでしょうか」


「具体的に決めたいのは、パーティの仲間になるまでの経緯だね。ダンジョン都市ガリグはめちゃくちゃ大きい! っていうほど大きな都市でもないんだ。つまり、僕にバラカのような知り合いが居なかったことを周りの人は知っているんだ」


「なるほど、それは由々しき事態ですね。ところで、ファハド様の交友関係に詳しい方は何人くらい居るのでしょうか」


「何でそんなことを聞くの? ひょっとして、怖いこと考えてないよね?」


「覇道に犠牲は付き物です。安心してください、仕損じたりしませんから」


「安心できないよ! それと僕の覇道は血腥ちなまぐさいものにしたくないから、可能な限り犠牲者は出さない方針でいくよ。これは命令だからね」


 僕はそう念押しした。


「それが敵であっても、情けをかけるということでしょうか」


「脅威にならないなら命まで取る必要なないかな。それに僕の脅威になるような相手は居ないと思うし」


 これまでの人生、ひっそり慎ましく生きてきた僕に恨みを抱いているような人は居ないはずだ。そこだけは自信を持っていえた。


「流石です。たとえどのような相手でも自身の脅威となることはなく、情けをかける余裕さえ見せる。その真の強者たる立ち振る舞いを示すことで、民草にファハド様の偉大さを知らしめるということですね」


 バラカは僕の言葉を変に解釈して、感銘を受けていた。


「ま、まぁ、そういうところかな」


 僕は適当に話を合わせた。


 これでバラカを抑制できるなら、勘違いさせておくのも悪くないと考えた。


「それでは、ファハド様はアルスウルで行方不明扱いとなっていたそうなので、その間に知り合ったことにするのはいかがでしょうか」


 早速、バラカは穏便な案を提示した。


「僕も二週間の失踪と上手く絡められないか考えていたんだけど、それだとバラカがギルド冒険者の名簿に登録する前にアルスウルに居たことになっちゃうよ」


「あ、確かにそうですね、失念していました」


「どうしよう。考えれば考えるほど、バラカとの馴れ初めを説明するのが難しい気がしてきたぞ」


「それでは、こういうのはいかがでしょう。私がファハド様と一緒に居るのは、一目惚れしたからです」


「一目惚れって、みんなそれで納得してくれるかな」


 アルスウルから戻ってきたところで、何やら困っている様子の新米冒険者バラカを助けて、そのままパーティを組むことになったという感じのストーリーになるだろうか。


「きっと大丈夫です。私が一目惚れしたというのは紛れもない事実なのですから」


 結局、僕はバラカの屈託のない笑顔に押し切られてしまった。

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