千年の時を超えて⑦

「それより、受付での受け答えを確認しておくよ」


 こういう会話が苦手だった僕は話題を変えた。


「はい、完璧に遂行してみせます」


 バラカは佇まいを正した。


「別にそこまで気合を入れるようなことにもならないと思うけどね。ケット・シーは人間と友好的な関係を築いているから、書類に必要事項を記入さえすれば通れるはずだよ」


「必要事項とは何でしょうか」


「名前や住所、あとは目的と滞在日数くらいかな。多分だけどね」


「それなら問題ありません」


「わかっていると思うけど、本当のことを書くわけにはいかないからね」


「と、当然わかっています」


 バラカは一瞬はっとしたような表情を浮かべた。


(念のために確認して正解だったかな)


「それじゃあ、バラカが先に受付けをして、何か問題があるようなら僕が助け舟を出しに行くよ」


「わかりました」


 バラカはハキハキと返事したが、その言葉とは裏腹に、出来の悪い絡繰り人形のような動きで受付まで歩いていった。


(怪しさ全開だけど、大丈夫かな)


 僕は不安げに見守った。


 バラカは受付の人に指示されながら、書類を書いていた。僕はその様子にかつての自分の面影を重ね、初々しい気持ちになった。


 どうやら滞りなく書類は完成したようで、バラカはピラミッド内へと入っていった。


(そろそろ行こうかな)


 バラカが受付をしてから十人ほどが通ったところで、僕も受付に向かった。


「次の方、こちらへどうぞ。――用件を伺ってもよろしいでしょうか」


「ダンジョン都市ガリグへ帰国したいです」


 僕はタグプレートを提示しながらいった。


「はい、少々お待ちください」


 受付嬢はタグプレートの番号と書類を照合した。


 受付嬢は最初親しみやすい柔和な表情を浮かべていたが、すぐに一変させた。怒りと懐疑が入り混じったような表情だった。


「どうかされましたか?」


「ファハドさん、この二週間どこで何をしていましたか?」


「どうしてそんなことを聞くんですか?」


 質問の意図がわからなかったので、僕は質問を返していた。


「どうしても何も、あなた二週間も行方不明になっていたのですよ!? 捜索隊も出されて、どれだけの人に迷惑をかけたと思っているのですか!」


 受付嬢は目を三角にして怒鳴った。


「ちょ、ちょっと待ってください。二週間も行方不明って何のことですか? 僕がアルスウルに入ってからまだ半日も経っていませんよね?」


「何ですかその申し開きは、子供でももう少しましな嘘をつきますよ! とにかく、無事で良かったです。しかし、この件はギルド冒険者本部に報告させていただきますからね」


 大人な受付嬢はすぐに冷静さを取り戻した。


「……はい」


 反論したい気持ちをぐっと堪えて、僕は素直に頷いた。


 正直いうと、ラナー遺跡の石碑に触れた後から、僕はこの世界に若干の違和感を覚えていたからだ。


 ひとまず、僕はピラミッド内でバラカと合流した。


「ファハド様、先ほどの私の雄姿はご覧に入れましたか?」


「受付さんにあれこれいわれて、あたふたしているところなら見たよ」


「どうしてご覧になったのですか!?」


(一体どうしろと)


「それより一つ確認したいんだけど、僕がアルスウルに来てから二週間経っているといわれたんだけど、心当たりはないかな?」


「私の居た部屋は時空が歪んでいるので、こちらとのズレが生じたのでしょう」


「やっぱりそういうことか」


 僕はすべて合点がいったと頷いた。


 石碑から出た時、サブリーの姿がなかったのは当たり前だ。一時間程度なら待てるかも知れないが、それ以上の時間帰って来なければ僕の身に何かが起こったと考えるのは仕方のない判断だった。すぐさま、ギルド冒険者に救助を要請したのだろう。


 救助隊が来たところで、石碑の前で立ち往生する羽目になったに違いない。そうして、それ以上被害が広がらぬよう、石碑への道標みちしるべとなる紐を回収し、出入り口を簡易の柵で封鎖したという流れだ。


「何か問題が生じたのでしょうか」


「問題だらけかな。世間では僕が行方不明扱いになっていたみたいだし、まずは迷惑をかけた人たちに謝らないと。ハリールとシャザーさんは心配してくれたのかな」


 そうだったらいいな、と僕は不謹慎なことをちょっとだけ考えたりした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る