千年の時を超えて④

「それでは、ファハド様は現在お付き合いされている方は居ますでしょうか」


「ちょ、いきなりどうしたの!?」


「何でも一つ答えるとおっしゃったではありませんか!」


 それまでのお堅い雰囲気はどこへやら、バラカは年相応の少女らしく振舞った。


「ぐぐ、わかったよ、何でも答えるという約束だったからね。今、お付き合いしている人は居ないよ」


 僕は含みを持たせた言い方をしたが、生まれてから此の方、誰かと交際したことなんてなかった。


 僕のことをファラオと呼び慕ってくれるバラカに対して、ちっぽけな見栄を張ったのだ。


「そうですか」


 バラカはちょっぴり嬉しそうにいった。


「僕が独り身だと、バラカにとって何か都合がいいの?」


「いえ、都合がいいと言いますか、ほっとしたと言いますか」


 バラカは歯切れ悪くいった。


「まあ、よくわからないけれど、問題はないってことか」


「はい、全然問題ありません」


「それじゃあ、そろそろ外に出てもいいかな? 人を待たせているんだ」


「そうですね、人の世に生きているファハド様はあまりこの空間に長居しない方がいいですね」


「何だか怖い言い方だなあ。戻るには、石碑に触れればいいのかな」


「その通りです」


 石碑に触れると、僕は遺跡内に戻ってきた。


「あれ、サブリーさん? 居ない……」


「ここで待ち合わせしていたのですか?」


「いや、待ち合わせをしていたわけじゃないけど。僕だけが石碑に入ってすぐに帰って来なかったから、助けを呼びに行ったのかも知れないね。大事になる前に冒険者ギルドへ戻った方がいいかも」


「冒険者ギルドとは今の世の秩序を保っている組織のことで合っていますか?」


「大体合っているね。どこでその情報を?」


 話を聞いた感じ、バラカは外界事情に疎いはずだ。


齟齬そごが生じるといけないので、契約させていただいたファラオとある程度情報がすり合わされております」


「なるほど」


 いっていることはわかったが、方法はわからなかった。この世界ではよくあることだ。


「それよりファハド様、事態は急を要するのでしょうか」


「いや、そこまで大袈裟じゃないかな。ところで、遺跡の外に出たいんだけど、道ってわかるかな?」


「この遺跡は私が部屋に入った後に建てられたものなので、わかりかねます」


「う~ん、困ったな」


 不親切なことに、サブリーが遭難防止のために垂らしていた紐も撤去されていた。


 遭難した際、下手に動き回ると体力を消耗するので、救助が来るまでその場に留まった方がいいとクンアクア訓練学校で教わっていた。


 けれども、状況はそれほど逼迫ひっぱくしているとも思えなかった。


 自力で脱出するべきか、救助を待つべきか。


「それでは、この子に道を聞きましょう」


 バラカは左腕に巻いていた包帯のような布切れをしゅるしゅると解いていった。


 一体何が起こるのかと思って見ていると、包帯は独りでにとぐろを巻き、生き物の形を象った。


「犬?」


「残念、外れです。これは架空の生物カヤリというものです」


「へえ。オーパーツかな?」


「いいえ、違います」


「それじゃあ、スキルの方か」


「私の力はテウルギアです。スキルと根幹は同じものですが、厳密には違うものと理解していただけると嬉しいです」


「うん、わかったよ」


 バラカはその名称にこだわっている気がしたので、僕は素直に頷いた。


「さあ、私に恥をかかさないでくださいよ」


 バラカはカヤリの頭をぽんぽんと叩いた。


「わん!」


 カヤリは吠えると、地面の臭いを嗅ぎ始めた。


(やっぱり犬だ)


 カヤリは僕の残り香を辿って、途中におしっこでマーキングしながら、迷いなく案内してくれた。


「ファハド様、お下がりください」


 通路の向こう側から、スケルトンがカチャカチャと足音を立てながら現れた。


「心配いらないよ」


 僕はマックスの照準を合わせて引金を引いた。


 銃弾に撃ち抜かれたスケルトンは、粉々に打ち砕かれた。


「お見事です!」


「あはは、ありがとう。でも、このスケルトンたちはどこに隠れていたんだろう」


 入り口からバラカの居た部屋までの道は、つい先ほどモンスターを倒しながら進んだはずである。


 疑っているわけではないが、カヤリが道を間違っている可能性も考慮しておいた方がいいかも知れなかった。

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