千年の時を超えて⑤
そんな一抹の不安を余所に、程なくして出口の上り階段が見えてきた。
「良かった、出られた」
僕はほっと胸を撫で下ろした。
けれども、階段を上ったところで気になる物があった。
「何だこれ、柵がしてあるぞ」
堅牢な柵ではなく簡易のものだったが、僕が遺跡に入る前にはなかった物だ。やはり、別の出入り口から地上に出てきてしまったのだろうか。
「今の世の人間たちは、ファラオの建造物にこのような罰当たりなことをするのですか」
バラカは空中で素早く手をスッスッと動かすと、柵の一部が音を立てて崩れ落ちた。
崩れ落ちた柵の断面は、鋭利な刃物で斬られたように光沢を帯びていた。
「バラカ、何をしたの?」
「今のは指にこう力を入れて、早く動かしただけです」
「へ、へぇ、スキルとかではないんだね」
そんなこんなで僕たちはラナー遺跡の外に出た。
「おおよしよし、いい子だ!」
「わん! わん!」
バラカはカヤリを労って、スキンシップを取っていた。
ラナー遺跡から出て左手側にケット・シーのアリーマン族の村が見えた。
つまり、僕たちが出てきたのはラナー遺跡の西の出入り口ということになる。
(これは一体……?)
僕は一人で思考を巡らせた。
その間、バラカはカヤリを一頻り愛で終えると、いきなり中身だけが抜けたように、カヤリはただの布切れに戻ってしまった。
「力を解除したというより、向こうが満足したみたいな帰り方だね」
「流石の観察眼ですね。私のカヤリは力をほとんど使わない代わりに、こうして構ってあげないと拗ねるのです」
「面白い力だね」
「それほどのものではありません」
バラカは照れくさそうにした。
「そういえば、ファハド様はどのような力をお持ちなのでしょうか」
「これといったスキルは何も」
ファラオとしてぎりぎり使えなくもないスキルは、オーパーツの力を調べるアプライザルくらいだろうか。
「はっ、申し訳ありません」
バラカは表情を一変させると、頭を下げた。
「え、急にどうしたの?」
「私が捕虜として捕らえられた際、ファハド様の秘密を抜き取られるかも知れないとお考えになったのですね。そこまで考えが至りませんでした」
「うん、だってそこまで考えてないからね。それに僕がどのスキルを習得しているかは、そこそこの人が知っていると思うよ。あと、呪い装備を持っていることとか……」
そう言いかけて、僕はふと思い当たった。
「ファハド様、どうかされました?」
「いや、そうか、僕が呪い装備で得た力を知っている人は誰も居ないのか」
「その表情、やはりとっておきの力を秘めているのですね」
バラカは期待に満ちた目を向けた。
「うん、そういうことにしておくよ」
ケット・シーのアリーマン族の村を抜け、オベリスクに触れた。
僕がそれに気付いたのは、アルスウルのピラミッドを目にした時だった。
「そういえば、タグプレートは持っている――はずないよね」
「初耳です」
「バラカは冒険者ギルドの名簿に登録されている――はずないよね」
「登録されていたら恐怖です」
「ちょっとまずいかも」
「どういった不都合が生じているのでしょうか」
「ダンジョン内に人間の先住民が確認されたという話は聞いたことがないんだ。つまり、冒険者ギルドの名簿に名前の載っていない人間がダンジョン内から出てくるのは、あってはならないことなんだ。まず間違いなく、徹底的に調べられる」
「何を恐れているのですか。ファハド様がファラオとなり、私が千年の時を超えて仕えることになったと伝えればいいのです」
バラカは胸を張っていった。
「さっきもいったけど、冒険者ギルドはファラオに代わってこの世界の秩序を管理している巨大な組織なんだ。今の僕には圧倒的に力が足りないから、派手に行動するのは得策じゃないと思う」
バラカに対しては普通の説得よりも、こういう言葉の方が効果があるはずだ。
「なるほど、ファハド様には既に覇道へ至る道筋、先見の明がおありなのですね」
「まあ、そんなところかな」
この場は頷いておくのがベターな選択だろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます