千年の時を超えて③

「ん~、それじゃあまずは立ち上がって欲しいです。あと、言葉遣いというか、物腰をもう少し柔らかくできませんか?」


 こんな綺麗なお姉さんに畏まられると、非常にやり辛かった。


「それについては承諾しかねます」


 バラカは立ち上がると、下腹部に手を当てて丁重に頭を下げた。


「え、どうしてですか?」


 僕としては、それほど無茶な要求をしたつもりではなかった。


「ファハド様はいずれファラオとなられるお方です。私などが馴れ馴れしくしていては、周囲への示しがつきません。寧ろファハド様の方こそ、敬語を使うのはやめてください。私のこともバラカと呼び捨てにしてください」


 バラカはぐっと顔を近付けながら注意した。


 お願いをする側から、いつの間にか命令される側になっていた。


「そんなこといわれて慣れないですね」


「ファ・ハ・ド・さ・ま!」


「わかり……わかった」


「その調子です!」


「それより、ファラオって王様のことだよね。僕がファラオになるの?」


「はい。ファハド様は王の器たる私を手に入れたのですから」


 バラカは自身の豊満な胸元に手をやりながらいった。


「それはバラカの意志なの? それとも決まりに従っているだけかな?」


「お優しいのですね。私は私をここから連れ出してくださるファラオをずっと待っていたのです。外の世界に不安を抱いていましたが、今は良きファラオに仕えるのだと安心しています」


 バラカは微笑みながらいった。


「ずっとって、どれくらいここで待っていたの?」


「ファハド様の時間で約千年でしょうか」


「千年!? ということは、バラカは千歳?」


「へえ、私ってそんなに年老いて見えますか?」


 バラカはニコニコしながら首を傾げた。目が笑っていない。


「全然見えません!」


 僕は力強く否定した。


「ちなみに、私の肉体は十六のものです」


「十六歳ってことかな?」


「そう考えてもらって差し支えありません」


 ぎこちない自己紹介を済ませたところで、バラカが動き出す。


「それでは行きましょうか」


「どこへ?」


 これまでの会話に行先をほのめかすものはなかったはずだ。


「民草にファハド様が即位したことを知らしめるのです」


「やめてよ、そんなの公開処刑じゃないか」


「何と、今の世には偽りのファラオが座位しているのですか。許せません」


 バラカはぷりぷりと怒った。


「そういう意味じゃなくて、恥ずかしすぎて死んじゃうっていう意味だよ」


「何を恥ずべきことがあるのですか。ファハド様が実力を示せば皆も納得するはずです」


「実力って……。それより、僕がファラオだとみんなに言い触らして、その後はどうするの?」


「ファラオとはすなわち全ての民草の上に立つ者です。まずは国を作って、いずれは世界を統べるのです」


 バラカは澄んだ瞳で大それたことを口にした。


 年端も行かない子供が話すなら微笑ましいが、バラカが語ると笑えなかった。


「無茶いわないでよ。国を作るどころか、まだ自分のパーティすら作っていないのに」


「パーティとは何でしょうか」


「ん~、簡単にいうと一緒に冒険する仲間のことかな」


「それでしたら、ここに居るではありませんか」


 バラカは自身を示しながらいった。


「僕のパーティ?」


 何だかよくわからないけどパーティが結成されて、僕は飛び跳ねるくらい嬉しくなった。


「うん、これからよろしくね、バラカ!」


「この命に代えても、ファハド様をお守りします」


「重いよ! パーティは助け合いも大事だけど、もっと自分を大切にして」


「それについては承諾しかねます」


「またそれか」


 僕は溜め息混じりにいった。


「私はファハド様が作り出す新しい世界のためであれば殉ずると千年前に覚悟を決めていますので」


「もしもの話だけど、僕がファラオになりたくないといったらどうするの?」


 僕は恐る恐る探りを入れてみた。


「私とファハド様の間には今生の契りが結ばれています。これが断たれるのは、どちらかが絶命した時です」


「かなり厳しい契約なんだね」


 僕は冷や汗を垂らしながらいった。


「まさかとは思いますが、ファハド様は覇道を往くつもりはないのでしょうか」


「いやいや、もしもの話だよ。バラカも僕に聞いておきたいことはないかな? 今なら一つだけ特別に何でも答えるよ」


 僕は慌てて話題を変えた。

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