千年の時を超えて②

「――今の声は?」


「声?」


「女の人の呼ぶ声が聞こえませんでしたか?」


「いや。声どころか物音一つ聞こえてないの」


「う~ん、気のせいかな」


(気のせいではありません)


 僕がおかしくなっていなければ、今度ははっきりと聞こえた。しかも、ちゃんと受け答えしてきた。


「やっぱり誰か呼んでいますよ!」


「ワシらが遺跡に入るのを見て、村の女の子が付いてきて迷子になっているのかも知れんな。アンデッドに襲われる前に助けてやらんと」


「急ぎましょう」


 女の人の声は僕にしか聞こえていなかったので、僕が道を先導した。


 サブリーは帰り道がわかるように、紐を垂らしながら僕の後に付いてきた。


 遺跡を進むにつれて、スケルトンの数が増えてきた。とはいえ、スケルトンの動き自体は緩慢で、奇襲を仕掛けられるような場所でもなかったので、難なく撃破していった。


 呪い装備マックスはリボルバー式の銃だが、連射性に優れていた。撃鉄がないので、引金を引くだけで弾丸が発射されるし、その弾丸も自動装填されるからである。


 モンスターが複数体同時に出現しようとも、右手の人差し指が少し辛いだけで、難なく撃破することができた。


「時折弾丸が折り返しているように見えるのは気のせいかの?」


「六発に一発回復効果の付与されたオーパーツなんです」


「ほお、その威力でしかも回復効果の付与されているオーパーツか。かなり値が張ったであろう」


「どうなんでしょう、かつての仲間からの頂き物なので」


「思い出の品というわけか」


 などと雑談を挟みながら角を曲がったところで、僕は口をあんぐりとさせた。


「どうした、急に立ち止まって」


 サブリーもそれを見て、口をあんぐりとさせた。


「どうして石碑がここに……? サブリーさん、これは元々発見されていた物ですか?」


 石碑には聖杯を掲げる天使の絵が描かれていた。


「いや、初めて見た。これはどこへ通じているのだ?」


 サブリーは吸い寄せられるように、石碑に触れた。好奇心が抑えられなかった様子だった。


 しかし、石碑は何の反応も示さなかった。


「どこへも通じていないんですか?」


 僕も石碑に触れてみる。


 すると、石碑が発光し僕の肉体は転移した。


「ここは……宮殿?」


 僕は写真でしか見たことのないような、豪華絢爛けんらんな一室で佇んでいた。


「――お待ちしておりました、主様」


「うわ、びっくりした」


 僕の足元で褐色肌の女の人がひれ伏していた。


「申し訳ありません」


「いえいえ、僕が勝手に驚いただけですから、頭を上げてください」


「お気遣いの言葉ありがとうございます、主様」


 顔を上げると、そこには天使と見紛うような絶世の美少女が居た。


 そういえば、石碑には天使の絵が刻まれていた。


 僕はその顔に見惚れてしまったが、向こうも意外そうな表情を浮かべていた。


「えっと、どうかされました?」


「いえ、まさか主様がこれほどお若いとは」


「よくからかわれますけど、これでも一応今年で十八になるんですよ」


「十八? 主様の肉体は凡そ十四年しか経過していないように見受けられますが」


「確かにそれくらいに見えるかも知れないけれど、気にしているんですからいわないでくださいよ」


「申し訳ありません」


 褐色美人は再び深々と頭を下げた。


「いやいや、そこまで怒っていませんから。ところで、さっきから主様主様っていってますけど、僕のことですか?」


「左様でございます」


「誰かと勘違いしていませんか?」


「いいえ、勘違いなどではございません。貴方は間違いなく私の主様です。この部屋に立ち入れたことが何よりの証です」


「そういえば、サブリーさんは石碑に触れてもここへ来られていないようですね」


「申し遅れましたが、私はバラカと申します。僭越せんえつながら、主様の尊名を伺ってもよろしいでしょうか」


「僕はファハドと言います」


 こんなに堅苦しい挨拶は初めてだった。


「これから主様のことをファハド様とお呼びしてもよろしいでしょうか」


「様付けかあ。バラカさんが嫌じゃなければ別に構わないんですが」


「それではファハド様、私に望むことがあれば何なりとお申し付けください」

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