第四章

千年の時を超えて①

 ラナー遺跡には東西南北四つの出入り口があった。


 オベリスクと村の配置から、最短でラナー遺跡に向かうと南の出入り口が正面にきた。


 長年通い詰めているサブリーは、当たり前のように南の出入り口からラナー遺跡に入ろうとした。


 その様子を見て、僕はふと気になったことを口にした。


「サブリーさんはいつも南からラナー遺跡に入っているんですか?」


「そうだが、それがどうしたんだ?」


「ひょっとして入り口が違うと、違う場所に入れたりするのかなって思ったんですけど、それはあり得ませんか?」


「どうしてそう思ったんだ?」


 サブリーは興味津々に訊ねた。


「ラナー遺跡に入るにはまず階段を下りますよね。曲線の通路がこれだけ真っ直ぐになるほど空間を歪められるなら、階段の長さを変えることだってできるんじゃないかなと」


「なるほど、それは盲点だった。ずっと歪みの測定にばかり気を取られて、そもそも入り口から間違っている可能性を見落としておったというのか」


 サブリーは項垂れて凹んだかと思うと、腹から笑い始めた。


「あの、大丈夫ですか?」


「これが冷静で居られるものか! ワシは今、かつてこの遺跡の歪みを発見した時以上に高ぶっておる! 西の入り口から一つずつ測定していくぞ!」


「わかりました」


 僕たちは西の出入り口からラナー遺跡に入った。


 遺跡内はこの世界で広く利用されている不滅の松明が照らしていた。


 僕も一人暮らしを始める際に買ったものが、今でも橙色の炎を灯していた。


「まずはここで測定する」


 遺跡に入った最初の分岐路で、サブリーはゼンマイ仕掛けの砂時計を取り出した。


 その時、左の通路から乾いた足音が響いてきた。


「早速お出ましか。ファハド、君の出番だ」


「はい」


 目に赤い光を宿した人骨のモンスター、スケルトンである。


 僕はホルスターから銃を引き抜き、迷わずに引金を引いた。


 トライホーンに比べて不気味度は圧倒的に勝るが、迫力には欠ける相手だった。


 銃弾は寸分の狂いなくスケルトンの額を撃ち抜き、粉々に打ち砕いた。


 オーパーツマックスの威力も然ることながら、さらにその威力をオーパーツアストラが倍増させていたので、並のモンスターであれば一撃で屠ることができた。


「ほお、大した腕だな。もしや相当手練れの冒険者なのか?」


「いえ、そんなことありませんよ。僕なんて全然です」


「いい心構えだの。それだけの力を身に着けても驕らずに居られるとは」


「はあ」


 この力は僕が望んで手に入れたものではなく、急に与えられたものなので、称えられてもいまいち喜びきれなかった。


「これで良し、と。君はこっちの砂時計の砂が全部落ちたら声を出して知らせてくれ」


「わかりました」


 ゼンマイ仕掛けの厳つい見た目をしているが、そこは人の手を借りないといけないようだ。


 ゼンマイ仕掛けの砂時計は独りでにくるりと反転すると、白い砂を落とし始めた。


 僕はぼーっと砂が落ちる様子を観察した。


 サブリーは目を見開いて、瞬き一つせず砂時計を凝視していた。


 体感時間三分ほどで、砂は全て落ち切った。


「砂が全部落ちました」


「うむ、やはり違う歪み方をしておるようだな」


 サブリーは自分の描いた地図を見ながら、興奮気味にいった。


 どうやら僕の唱えた仮説は当たっていたようだ。


「謎の解明に一歩近付いたということですね」


「その通りだ。後はこの測定を続けて正確な地図さえ完成すれば、中心部へ辿り着くことができるはずだ」


「ちなみに、どれくらいで完成する予定ですか?」


「早くて一ヶ月、当たりが別の入り口だとその二倍、三倍といったところだの。まあ、この十年に比べればあっという間だ」


「三ヶ月ですか」


 日の光もないアンデッドがうようよしている空間に三ヶ月間、果たして僕の精神は耐えられるだろうか。


「ワシは是非とも君と共に中心部へ辿り着きたいと思っているが、都合が悪いなら遠慮なくいってくれ」


「僕は――」


 そう言いかけて、ふと遠くの方から声が聞こえてきた。


主様あるじさま、ここです)

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