相乗効果②

 ピラミッド内の設置された案内板に従って、僕はアルスウルへと通じる石碑の前へとやって来た。


 石碑にはのみと金槌で山を削り出す匠人しょうじんの姿が刻まれていた。石碑の解釈には諸説あるが、アルスウルは最初に創造されたダンジョン、始まりのダンジョンと呼ばれることが多かった。


 僕は石碑にそっと手を触れた。


 ぱっと光に包まれたかと思うと、僕は別のピラミッド内に居た。


 演出があっさりしすぎていて、いまいちダンジョンに潜ったという実感が湧かないのはいつものことだった。


 ピラミッドから出ると、そこにはちょっとした町があった。


 ダンジョン都市ガリグほど充実していないが、冒険者ギルド、飲食店、雑貨屋、武具屋、宿屋、酒場などなど。こちらで生活できる施設は揃っていた。


「冒険者様、今晩の宿はお決まりですかにゃ?」


 振り返ると、そこには獣の耳と尻尾を生やした少女が上目遣いでこちらを見ていた。


「あの、えっと……」


「冒険者様はケット・シーを見るのは初めてですかにゃ?」


「いえ、遠目に見たことはあるんですけど、話しかけられたのは初めてで」


「そうでしたかにゃ」


「それと今日は日帰りの予定なので、宿は必要ないです」


「わかりましたにゃ。また機会があれば是非とも冒険者の宿『シュレディンガー』をご利用くださいにゃ」


「はい、機会があればその時は是非」


 僕は社交辞令を口にした。


 ダンジョンには人類に友好的な種族が少なからず存在する。ここアルスウルでは、ケット・シーとドライアドがそうである。


 ただし、森の精霊であるドライアドと人との生活様式はあまりにもかけ離れているため、共存共栄の関係ではなかった。


 ドライアドも森のモンスターには困っているので、森でのモンスター退治の際に助力してもらえるのである。


「よし、行くぞ」


 僕は一人で小さく気合を入れると、町の外に出た。


 森は見晴らしが悪く、不意打ちを食らう可能性があったので、僕は草原で呪い装備の性能を検証することにした。


 当てもなく草原を一時間ほど歩いていると、立派な三本の角を生やした鹿のようなモンスター、トライホーンを発見した。


 トライホーンは気性が荒く、家畜を襲うので、ケット・シーも手を焼くモンスターでる。


 嫌われ者のモンスターである反面、トライホーンの角や毛皮は丈夫で、素材としての価値は高かった。


 トライホーンもこちらに気付き、前足で地面をひっかいた。臨戦態勢である。


 緊張で指が冷たくなっていた。


 二年以上冒険者をやってきたが、僕にとってこれは初めての命のやり取りだった。


 僕は慎重にホルスターから銃を引き抜き、トライホーンの方へ向けた。


 トライホーンは僕の敵意に気付き、真っすぐこちらへ向かって駆けてきた。


(大丈夫、外すことはない)


 自分にそう言い聞かせながら、引金を引いた。


 発砲音と共に、銃口から二発の銃弾が放たれる。それらは互いの右へ左へと、綺麗な螺旋を描いていた。


 やがて、そのうちの一発が不自然に軌道を変え、こちらへ飛んできた。


 一発目から呪いの銃弾とはついていなかった。


 呪いの銃弾は僕の右肩を撃ち抜いたが、ラミアの自傷ダメージで治癒する効果で何事もなかった。寧ろ心地良いくらいだった。


 問題なのはもう一発の方である。


 弾丸の片割れは僕の思い描いた通りの軌道を描き、トライホーンの額を撃ち抜いた。


 トライホーンの巨躯が草原の上に崩れ落ちた。


 トールによる呪いが発現すれば、僕は瀕死の重傷を負うことになるはずだ。


 しばし草原で立ち尽くしたが、特に何も起こらなかった。


 一応手で眉間を触ってみるが、穴は開いていなかった。


「やっぱりそうだ、ラミアの効果でトールの呪いも治癒になってる……! 僕はまだ冒険者を続けられる……!」


 この日、弾丸一発で仕留めたトライホーンの素材だけで、僕は荷物持ちでもらえる日給を超える収入を得たのだった。

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