第三章
相乗効果①
こんなに静かな夜は久し振りだった。
僕の家は繁華街の裏通りにある隙間風の吹きすさぶボロ屋なので、安眠することはできなかった。
永遠の眠りに就くなら、この空き家は好条件だった。
「……んん」
目を開けると、辺りはすっかり明るくなっていた。
どうやら僕は眠ってしまったようだ。
昨日のセネトがただの悪夢なら良かったのに、呪い装備はしっかり五つに増えていた。
「あれ、何ともない……?」
一晩経つと、胸を締め付けるような苦しみがなくなっていた。
果たしてあの胸の苦しみが呪い装備によるものなのか、絶望からきた体調の異変なのかわからなかった。
ただ一ついえることは、今はとても元気だということだ。
上半身を起こすと、僕はウスマーンに押し付けられた呪い装備を確認した。
・アストラ
相手への物理攻撃と属性攻撃が倍増する。
ただし、相手からの物理攻撃と属性攻撃が倍増する。
アストラは決まった形を持たない呪い装備で、着用者の武器に合わせて変形する。
僕の持っている武器はサバイバルナイフと銃の呪い装備マックスだけである。
サバイバルナイフは専用のケースに収まってたいので、アストラは剥き出しのマックスに合わせて、ホルスターの形状を取っていた。
・ラミア
自傷ダメージで治癒する。
ただし、常に毒状態になる。
ラミアは牙の形をしたアクセサリーである。紐が通してあり、首からかけられるようになっていた。
僕は効果を確認して、ふと気付いた。
ラミアによる呪い、毒の効果をまったく感じていなかった。
そういえばと僕はサイードたちから押し付けられた三つの呪い装備を改めて確認した。
・マックス
弾丸は引金を引いた者の狙った箇所を撃ち抜く。
ただし、六発に一発は自分にも弾丸が飛ぶ。
・トール
相手からの物理攻撃と属性攻撃を半減させる。
ただし、相手を攻撃したら自分も傷付く。
・アンジェリカ
毒・精神支配・石化・呪縛・瘴気を無効化する。
ただし、スキル及び薬による治療が無効化される。
「アンジェリカがラミアの毒を無効化している? となると、トールもアストラの呪いを無効化するのか?」
僕は鼓動が速くなるのを感じた。
五つのうち、二つのデメリットが消失している事実に
「ラミアの自傷ダメージで治癒する、これがマックスとトールのデメリットをメリットにするのだとすれば……」
呪い装備によるダメージが自傷ダメージに含まれるのかどうかは、実際に検証するしかなかった。
居ても立っても居られなくなった僕は、この町の中央に聳え立つピラミッドへと向かった。
ピラミッドの出入り口には、冒険者ギルドが運営する税関のような場所が設置されていた。
昔は誰も彼も好き勝手ピラミッドに出入りしていたそうだが、安全面の観点から冒険者の出入りを管理するようになったのである。
いつもは遠征隊の後をカルガモの雛のように付いて行っていたが、僕は生まれて初めて自分で手続きをする。
「あのダンジョンへ潜りたいんですけど」
僕は受付嬢のズィーナに声をかけた。
「おやおやファハド君、一体どういう風の吹き回しかな?」
僕もこの町の冒険者の端くれなので、顔や名前は覚えられていた。
「少し試したいことがありまして」
「まさかとは思うけど、変なことを考えていないかな?」
「変なこと?」
「呪い装備のせいで冒険者を続けられそうにない。でも、外の世界で生きていくなんて自分には無理だ。だから、せめて大好きなダンジョン内でその生涯を終えよう、とか」
ズィーナは僕の双眸を見詰めながらいった。
「そ、そんなこと思っていませんよ!」
これっぽちもとはいえなかったが。
自傷ダメージによる治癒がうまく機能しなければ、僕は僕自身の体を撃ち抜くことになるからだ。
「本当かな?」
「僕は僕がまだ冒険者を続けられるのか見極めに行くんです」
「必ず戻って来るって約束できる?」
「約束します」
僕はしっかり首を振った。
「うん、わかった。ファハド君の目はまだ死んでいないね。それじゃあ、この用紙に記入して」
「はい」
僕は用紙に必要事項を記入していった。
一分足らずで記入を終えると、用紙をズィーナに渡した。
「人数は一人で、潜るダンジョンはアルスウル、目的は探索、滞在予定は日帰り。うん、承ったわ。帰還の際は、向こうの冒険者ギルドで手続きしてね」
「わかっていますよ」
僕が童顔で頼りなく見えるのか、受付のお姉さんはことある毎に案じてくれた。
「アルスウルのモンスターは気性が穏やかな傾向にあるけど、それでも冒険者の命を脅かす危険な狩人も居るから注意してね」
「しっかり心得ています」
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