セネト⑤

「受ける気になってくれたんかいな?」


「勝負の内容によります」


「それもそうやな。ルールはこの二つの十二面サイコロを使う。互いに一つずつ腰の高さからサイコロを振って、この台の上で数字の大きかった方の勝ち。相子の場合は振り直し。簡単やろ?」


 机の上の皿が、まさかセネトだとは思わなかった。


「ルールはそれだけですか?」


「改めていうことでもないが、相手のサイコロに直接触れたり、投げるのを邪魔するのも禁止や」


「そんなことしませんよ」


「ま、一応念のためにや。セネトで決着がついた瞬間、敗者は五つの呪い装備を背負うことになる。いきなり死ぬってことはあらへんけど、苦痛から逃れたいんやったら、すぐに町の外へ行けばええ」


「だからこんな町外れまで来たんですね」


 なるほどと僕は合点を得た。


「どうや、わいとのセネト受けてくれるかいな?」


 ウスマーンは余裕がないのか、少々強引な印象を受けた。


「勝負は今日じゃないといけないんですか?」


「決心が付かへんなら、別に日を改めてもらっても構わへん。ただ、わいはもう貯金が尽きておけらでな。さっきもいったけど、他にも呪い装備で困っている何人かに目星を付けててな、そっちに声をかけさせてもらうで。ちなみに、セネトは呪い装備を賭けた勝負に使われた時、壊れるっちゅう話や。後から勝負したいっていわれても、その時は君がセネトを用意せなあかんで」


 冷静になって考える時間が欲しかったが、状況はそれを許してくれなかった。 


 臆病になってここから立ち去るのか、勇気を振り絞って一歩踏み出すのか。


(いや、こうなるかも知れないとわかって付いてきて、この期に及んで逃げ出すのはただの腰抜けじゃないか!)


 僕は自分自身に喝を入れると、一歩踏み出した。


「わかりました。このセネトを受けたいと思います」


「おお、ほんまか。ほな、好きな方のサイコロを選んでや」


 僕から見て右にあったサイコロを受け取った。


 ひんやりとしている。材質は那智黒石なちぐろいしに近かった。


 形も均一で、数字も一から十二まで刻まれていた。


 単純故に、細工の仕様もなかった。


「どっちが勝っても恨みっこなしやで」


「はい、もちろんです」


 運に身を任せるのだ、もし負けたからといってウスマーンを恨む理由はない。


「ほな、振ってくれへんか?」


「はい」


 僕は台の中心を見下ろした。


 底は浅いが平べったいので、変に力まなければサイコロが台の外へ落ちることはないはずだ。


 そう頭では理解できているのに、手が震えてなかなかサイコロを振れなかった。


 自分の人生がこの一投にかかっているのだ。そして、相手の人生も。


 しかし、勝負を引き受けた以上、引き下がる道は絶たれていた。


 僕は意を決してサイコロを振った。


 甲高い音を立てながら、サイコロが台の上を踊った。


 とても長く感じられる数刻、やがてサイコロは動きを止めた。


 出目は十二だった。


「よし」


 僕はウスマーンの気持ちも考えずに、思わず声を出して喜んでしまった。


 少なくともウスマーンの一投で僕が負けることはなくなった。最悪の場合でも相子、その確率も十二分の一である。


 ダンジョンもまだ僕に冒険を続けろといっているような気さえした。


「わいの番やな」


 ウスマーンは嫌らしい笑みを浮かべると、サイコロを握り締めた手を振り上げた。


 サイコロを振るだけであれば、手から零すようにすればいい。振り上げる必要性なんてどこにもなかった。


 その瞬間、僕はとんでもないミスを犯していることに、罠にはめられたことに気が付いた。


「ちょっと待っ――」


「――もう遅いで!」


 ウスマーンの投げたサイコロは、僕のサイコロを台の外へと弾き出した。


 ウスマーンのサイコロは反動で台のぎりぎりまで上ったが、台の外へは落ちなかった。一朝一夕では成し得ない、絶妙な力加減だった。


「こ、こんなの卑怯ですよ! 最初から僕のサイコロを落とすつもりで、勝負を挑んだんですよね!?」


「わいはしっかりとルールを確認して、あんたはそれに同意した。卑怯かどうかの裁定を下すのはセネトや」


 すると、ウスマーンの全身から黒い霧が立ち上り、それが魔の手のように僕の方へと伸びてきた。


「来、来るな……!」


 僕の悲痛な訴えなど聞くはずもなく、呪いは僕の全身を包んだ。


「ほな、さいなら。死にとうなかったら、早く町を出るんやな」


 ウスマーンはそう言い残すと、空き家を後にした。


「死ぬ……?」


 それも悪くないかと、僕の中に自暴自棄な考えが浮かんだ。


 心なしか、胸の辺りが締め付けられているような気がした。


 僕は地べたに大の字で倒れると、全身の力を抜いた。


 どうせ死ぬなら、苦しまずに死にたかった。


(もし生まれ変われるのなら、今度は最前線で戦う一流の冒険者になりたいな)


 僕は悔し涙を浮かべながら、そんな風に願った。

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