05 新たなる誓い
「――それで、もらった花を煎じて飲んだらすごくよく効いてさ。今度こそ魔物を倒そうと戻ってきたんだけど、皆がいきなり襲いかかってくるんだもんな」
アルドが憮然として口を尖らせる。
「お姉様を見つめていたのはそういう理由だったのですね……」
「物語のオチとしては三流以下ね……」
シンシアとソフィアが苦笑いを浮かべる一方、イスカは「なるほど、よくわかったよ」と変わらぬ調子で頷いた。
「ちなみに、症状が治ってからもフードを被ったままだったのは、また毒を受けてしまうことへの対策かい?」
「ん? ああこれか。そういえば、ずっと着てたから脱ぐの忘れてたよ!」
あはは、と呑気に笑うアルド――その背後から三つの影が迫る。
「……アルドぉ……」
「うわっ!?」
恨めしそうな声に驚いて振り返ると、エイミとサイラス、フィーネが真っ赤な目を吊り上げていた。
「これだけ人を振り回しておいて呑気にゲームしてたなんて……へくしっ!」
「皆がどれだけ心配したと思っているでござぶしゅっ!」
「お兄くちんっ! もう、バくちっ!」
「バくちっ!? え、オレ怒られてるのか!?」
「当然デス! コノ落とし前どうつけるオツモリデスカ!?」
「お、落とし前って、オレはただ魔物を倒そうとして……」
事態が呑み込めずあたふたと狼狽えるアルドの様子を見て、エイミたちは怒りが霧散していくのを感じ、それから不思議と笑いがこみあげてきた。
「……ふふっ。まさかこんな形で泣くことになるなんてね」
「はは、まったくでござる!」
アルドの言動は紛らわしくはあったが、悪気があったわけでもなく、むしろ人助けのため奔走していた結果だということもわかった。
結果だけ見れば、自分たちが早とちりをして騒いでいただけの――なんてことのない、いつも通りの日常だった。
「うん。もういいよお兄ちゃん、今回だけは許してあげる」
「……え?」
「そうね。フィーネが一発食らわせてくれて気も済んだし」
「ワタシの往復ビンタもツケにしておいてアゲマスノデ!」
(……よくわからない怒られ方をして、よくわからないうちに許された)
アルドは静かに目を閉じた。
「それよりアルド! 早くその薬をわけてちょうだい!」
「うむ。毒ではなくとも、これは地味に辛いでござぶしゅっ!」
「くちっ! くちっ!」
「……ハクシュン! デスノデ!」
「リィカ、別にあんたまで真似しなくていいわよ……へくしっ!」
薬を求めて手を差し出す面々だったが、対するアルドは困ったように頭を掻いた。
「いや……もらった花は全部使っちゃったし、もうないぞ? またモナに頼みに行かないと」
「なんと! 今からホライに行かねばならぬでござるか!?」
「そんなに待てないわよ! 早くしないとアイザックになっちゃうじゃない!」
「いや、そう言われても……」
「うう、辛いよおー」
「だ、大丈夫フィーネ? 私は魔獣だからか全然平気みたいだけど……」
事態の収拾がつかずに一同が大騒ぎをしていると、突然、
「ん? 騒がしいと思ったらお前たちか」
誰のものでもない低い女性の声。
紅の甲冑に身を包んだ異時層の騎士、ラディアスだった。
「ラディアス!」
いち早くディアドラが反応する。
「やあ姉さん。これは一体何の騒ぎだ?」
「いや……説明する価値がある話でもない。お前こそ、どうしてこっちの世界に?」
苦々しい顔でディアドラが訊き返すと、ラディアスは構えていた剣を鞘に納めた。
「ああ。こちらの世界である魔物が大量発生してな。討伐作戦の遂行中なのだが、そのうちの一体が例の穴からこちらの世界に逃げてしまったらしく、私が追って来たんだ。たいして強くはないのだが、少し厄介な性質を持っていてな……」
「それなら知っている。胞子をまき散らすキノコの魔物だろう? こいつらみたいな症状を引き起こす胞子をな」
と、顔をぐしゃぐしゃにしているフィーネたちを指し示す。
「むっ。まさかあの胞子を食らってしまったのか?」
「そういうことだ。その魔物とやらはすでに倒したがな」
「……それはすまないことをしたな。こちらの不始末だ、騎士団代表として侘びよう」
と、フィーネたちに騎士らしく恭しい一礼をする。
「そうか、やっぱりアイツはラディアスたちの世界の魔物だったんだな。でもそっちで倒してくれたなら、もう心配はないってことか?」
アルドが質問すると、ラディアスは「ああ」と頷く。
「まあ、胞子を食らっても薬を飲めばすぐに回復するからいつもは放置しているのだが、今回は量が多すぎてな……」
「薬!?」
ラディアスの言葉にエイミが鋭く反応する。
「もしかして、そっちの世界には薬があるの!?」
「ん? ああ、もちろんだ。必要ならば処方してやれるが?」
それを聞いたエイミ、サイラス、フィーネは弾かれるように立ち上がった。
「それは吉報でござぶしゅっ!」
「お願い、その薬をわけて! アイザックになっちゃう前に!」
「あ、ああ。ではついてくるといい。……姉さん、また会おう」
「ああ。達者でな」
ディアドラと軽く会釈をかわすと、ラディアスはエイミたちを連れて走って行ってしまった。
「まったく、くだらん騒ぎに巻き込まれたものだ。姉さん、私たちも戻るぞ」
「そ、そうね。ラキシス団長にどう報告しようかしら……」
ディアドラとアナベルも続いてその場を後にする。
「はっ! お姉様、わたくしたちも早く戻らないとお店が閉まってしまいます! お姉様にぴったりのお洋服を見つけるまでは終われませんわ!」
「そ、そう……私は本屋に行きたいのだけど……ってシンシア! もう、話を聞かないんだから!」
弾丸のように走り出したシンシアの後をソフィアが追いかけていく。
仲間たちが次々と去り、辺りは先ほどまでの騒ぎが嘘のように静かになった。
「……なんか、いきなり嵐に巻き込まれたみたいな感じだよ」
アルドが呟くと、イスカが「ふふ」と愉快そうに微笑む。
「ともあれ、これでひとまず大団円というところかな?」
「イスカ、私たちも戻りましょう。急げばまだ大会に間に合うわ」
「うむ。我々が積んできた研鑽の結果、全世界の庶民どもに披露してやらなくてはな」
「大会……あっ!」
ヒスメナとクロードのやり取りで重要なことを思い出したアルドが声を上げる。
「そうだ、まだ大会があるんだった! サキ、オレたちも……」
「あのアルドさん。そのことなんですけど……」
はやるアルドを遮り、サキが申し訳なさそうにおずおずと切り出す。
「アルドさんが出られないというので、代わりにお兄ちゃんにお願いして出てもらうことになって……」
「え!? ジェイドが!?」
「はい。お兄ちゃんけっこうやる気満々で……だからその、ごめんなさい!」
「…………」
ぽかんと口を開けたまま立ち尽くすアルド。
その脳裏には、大会優勝のために寝る間を惜しんでレベル上げをした日々が去来していた。
「ふっ。我々を倒すために特訓をしていたと言っていたな。そう簡単に我らを超えられると思うなよ、サキ」
「クロードさんこそ、甘く見てると痛い目を見るかもしれませんよ? マユちゃんすっごい強いんですから!」
クロードの挑発にぷっくりと頬を膨らませるサキ。微笑ましい二人のやり取りにヒスメナが「ふふ」と笑みを浮かべる。
「言うようになったじゃない、サキ。私たちもうかうかしてられないわね、イスカ」
「そうだね。では急いで戻るとしようか」
「あ、待って皆! 私も混ぜてよー!」
アルドを置いて一斉に駆け出すIDEAメンバーとマナ。
と、最後尾を行くイスカが足を止めて振り返った。
「アルド。今回の件、私は最初から心配はしていなかったよ。なにしろ君には、こんなに頼りになる仲間がいるのだからね」
「……ああ、そうだな」
アルドは素直に頷いた。
フィーネやエイミたちだけでなく、これまでに行動を共にしてきた仲間たちがこれだけ集まってくれたのだ。勘違いとはいえ、自分一人を救うために。
「なんだか皆に迷惑をかけちゃったみたいだな」
「気に病むことはないさ。空騒ぎでもそれなりに楽しめたからね。ただ……自覚は持っておいてくれ、アルド。彼らの想いは聞いただろう? 君はこの世界においてはなくてはならない中心的存在……物語でいえば主人公みたいなものさ。そんな君が突然消えてしまったら、皆が困ってしまうからね」
イスカも去り、再び独りとなったアルドであったが、その胸が何か温かいもので充たされる感覚を覚えていた。
今回アルドが一人で行動したのは、成り行きとはいえIDAスクールの学生になった自分だけがゲームで遊べることをフィーネたちに後ろめたく感じていたことと、様々な時間的制約によるものだった。しかし、やはり横に仲間がいない寂しさを心のどこかで感じていたのだろう。
仲間たちの言葉が、リフレインのように耳に残っていた。
まだ痛みの残る頭をそっと撫でる。
「……本当、あの一発は効いたなあ」
「ふっ。兄離れできない妹を持つと互いに苦労するな」
背後から声がしたので驚いて振り返ると、そこにいつの間にかギルドナが立っていた。
「ギルドナ? いつから見てたんだ?」
「さてな。だがまあ、面白い見世物ではあったぞ」
「……全部見てたんだな……」
ギルドナは「くく」と愉快そうに笑った。
「どうもあいつらはお前のことになると冷静さを失うようだな。お前は毒などにみすみすやられる男でないだろうに」
「いや、それを言われると耳が痛いけど……」
自力で解決はしたものの、寝不足のせいで胞子をまともに食らってしまったのは確かだった。あれが本当に危険な毒だったら、フィーネたちの心配する通りになっていた可能性もある。
「ギルドナはわかってたのか? オレが無事だって」
「どうせこんなことだろうとは思っていた。それに、もしお前が仲間を頼らずに無様にやられるような男ならそれまでの話だ。アルテナはどうだか知らんが、俺はそんな間抜けをわざわざ助けてやるほど優しくはない」
「……でも、見てくれていたじゃないか」
「ふん」
ギルドナはつまらなそうに鼻を鳴らすと、アルドに背を向けた。
「お前が言ったことだ、アルド。『俺とお前の道は一本に繋がっている』……いずれ〝その時〟が来るまでは、せいぜい近くで見ていてやるさ。お前が勝手に消えてしまわんようにな」
「……ああ」
ざあっと――潮風が強く吹き、二人の男の肌を撫でていく。
アルドにはそれが、彼らを見守る何者たちかからのメッセージのように感じられた。
「ここに誓うよ。オレは皆の前からいなくなったりしない。オレにはまだやらなきゃいけないことが残ってるし、それに……」
今にも倒れそうなほど疲れているはずなのに、頭はやけに冴えていて、心は今日の空のように澄み渡っている。
澄み渡る青空のように、アルドは笑った。
「どうやらオレ、主人公らしいからさ!」
「は? 何を言っているんだ貴様は。ゲームのやり過ぎでおかしくなったか? 少し頭を冷やすんだな」
「…………」
アルドの決め台詞を真正面から切り捨て、用は済んだとばかりに去って行くギルドナ。
その背中を見送りながら、アルドは心に強く、もうひとつの誓いを立てた。
(どんなに楽しくても……ゲームはほどほどにしよう!)
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