04 ある主人公の一日
* * *
「やったか!? ――うわっ!?」
何度か攻撃を浴びせてキノコ型の魔物を追いつめたアルドだったが、寝不足で集中力を欠いていたせいもあって、魔物が放出した胞子をまともに食らってしまう。
慌てて距離を取ると、魔物は次元の穴に飛びこみ姿を消してしまった。
「あっ、待て……げほっ、げほっ! 何だこれ、もしかして毒か?」
慌てて体に異常がないか確認する。
過去に他の魔物から毒を受けた経験から判断するに、どうやら危険なものではなさそうだった。
「うん。特に体に異常はないし、心配なさそうだ。でもまんまと逃げられちゃったな……」
次元の穴から出てきたということは異時層の魔物だろうか。たいした強さではなかったが、このまま放っておくわけにもいかない。
ミグランス王との謁見の時間も迫っている。どうしたものかと考えていると、
「は、は……はっくしゅん!」
いきなり鼻に刺激を感じ、盛大なくしゃみをする。
「なんだこれ、目と鼻が急にムズムズして……はくしゅっ! くそ、さっきの毒のせいか?」
これでは戦うどころではない。また倒しに来るにしても毒の治し方を探してからの方がよさそうだった。
その時ちょうど通りがかった商人を見つけて呼び止め、伝言を頼むことにする。
「なああんた。この辺りに毒を持つ魔物が出るんだ。しばらく誰も近づかせないようにって騎士団の人に伝えてくれないか?」
「毒を持った魔物!? あ、ああ。わかった、任せてくれ!」
商人を見届け、アルドも一度ユニガンに戻ることにした。
「そろそろ王さまとの約束の時間だな。毒のことは……その後でラチェットにでも訊きに行くか」
* * *
「――それで、リィカがまたおかしなことを言い出して……うっ!」
「む? どうしたアルド?」
ミグランス王との謁見の最中、アルドは突然苦悶の表情を浮かべて呻いた。
「ああ、すみません、実はさっき魔物と戦った時に毒を食らっちゃって……」
「なに、毒!? 何故それを先に言わんのだ。おい衛兵、急ぎここへ!」
「あ、大丈夫です王さま! たいした毒じゃないし、心配いらないから!」
王が射貫くような視線をアルドに向ける。アルドもその視線を正面から受け止めた。
「……本当か?」
「ええ。それに、毒に詳しい人が知り合いにいますから」
「……わかった。君がそう言うなら信じよう」
謁見を終えて宿屋から出た直後、アルドは我慢していたくしゃみをした。
「ふう、危なかったな。何度もくしゃみが出そうになったけど、王さまの前でするわけにもいかないし……はっくしゅん! くそ、目の痒みが強くなってきたぞ。早くラチェットのところに行かなきゃな」
* * *
「ごめんなさい。残念だけど、治療法は私にもわからないわ」
「そっか……ふう。はあ、はあ……」
(くそ、鼻の奥が腫れて息がしづらくなってきた)
もはや口で息をするしかないが、それが思いのほか息苦しく、睡眠不足もあいまってアルドの顔色は重病人のように土気色になっていた。
「アルド、本当に大丈夫? だいぶ辛そうに見えるけど」
「え? ああ、辛いことは辛いけど大丈夫だよ」
傍から見るとどうやらかなり深刻な症状に見えるらしい。くしゃみは収まってきたものの目と鼻の症状は悪化してきており、辛いことは事実だった。
「でも、本当に何か知らないか? 手がかりだけでもいいんだけど」
「そうね……。植物の毒だったら基本的には自然界にあるもので解毒できるはずだけど、そう都合よく見つかるかどうか……」
「自然界にある解毒作用のある植物か……わかった。ありがとうラチェット、後はオレの方で何とかしてみるよ」
アルドが去ろうとすると、ラチェットが「待って!」と呼び止めてきた。
「毒のこと、本当に仲間には言わないの?」
「ん? ああ。無闇に心配をかけたくないからな。それに、もう時間がないんだ。急がないと」
(本当に大したことないんだけど、王さまにも心配させちゃったみたいだしな。それに大会までもうあまり時間がないはずだ。皆に相談してる時間はないよな)
「そう……」
ラチェットと別れ、パルシファル宮殿を出たところでアルドは足を止めた。
「本当はすぐに毒を治す方法を見つけて魔物を倒しに戻りたいところだけど、ラチェットの言う通りすぐに見つかるかわからないし……ゲーム大会は諦めるしかないかもな」
であるならば、優先順位をつけて行動すべきだろう。
魔物の退治も大事だが、仲間との約束を無断で破るわけにもいかない。
「仕方ない、先にサキたちにそのことを伝えに行こう」
* * *
「ふう。サキたちには伝えられたし、早く毒を何とかしないとな」
大会に出られないかもしれないのは残念だが、致し方ない。ともあれこれで薬探しに集中できそうだ。
学生寮の自室から出て、そそくさとレゾナポートの出口へと向かう。
(でも、まさかこんなに顔が腫れるとは……ほとんどアイザックじゃないか)
頬を撫でると、自分の顔とは思えないほどに腫れあがり、今にもはち切れそうな具合だ。先ほど鏡で自分の顔を見た時も飛び上がりそうだった。
取り急ぎフードで隠してみたものの、それはそれで十分に怪しく、人目を引いてしまいそうである。
(知り合いに見つかる前に早く行こう……ん?)
出口まで来たところで、見知った仲間の姿が目に入った。
満開の花のような笑顔のシンシアが、しおれた花のような困惑顔のソフィアの腕を引っ張るようにして歩いている。
(ソフィアとシンシア!? まずいな、こんな時に限って遭遇しちゃうなんて。オレだとバレないようにそっと行かないと……ん?)
ソフィアの左目の花に何か引っかかるものを覚え、まじまじと眺めてしまう。
(花か……そういえばホライでモナが育ててる花って確か……)
「む! そこのあなた!」
と、アルドの視線に目敏く気付いたシンシアが警戒心を露に近づいてきた。
(うわ、バレたか!?)
「お姉様のことをじろじろと眺めてまわして、レディに対してデリカシーが足りないのではなくて!?」
「落ち着いてシンシア。あなたこそ慎みを……」
いきなり大声を出すシンシアをソフィアが止めようとするが、シンシアの耳には届かない。
「フードなんてかぶって怪しいですね。もしやお姉様の力を狙う不届き者では……そこになおりなさい! わたくしが正体を暴いてやりますわ!」
(げっ! まずい、逃げろ!)
「あっ、お待ちなさい!」
追いかけてくるシンシアの声を振り払い、アルドは一目散にその場を後にした。
* * *
再び現代へと戻り、その足でホライへとやって来たアルドは、マーロウの家の前で足を止めた。
庭に繚乱と咲き誇る花々が、武骨な炭鉱の村を華やかに彩っている。
「久しぶりに見たけど、やっぱりキレイだな。モナがしっかり手入れしてるんだろうな」
その花が持つ特別な意味をアルドは知っている――故に迷いが生まれていた。
(この花、病気によく効くみたいだから来てみたけど……やっぱり悪いかな。マーロウも留守みたいだし、勝手にもらうわけにもいかないよな)
とはいえ他に心当たりがあるわけでもない。どうしたものかと頭を悩ませていると、
「うおっ、やっぱりアルドじゃねーか!」
「ね、モナの言ったとーりでしょ!」
(わっ、まずい!)
テリーとモナが駆け寄ってくるのが見え、慌てて背を向ける。
「……おい、アルド?」
「や、やあテリー。それにモナも。……ぐすっ」
(うう、鼻水が……)
なんとか平常を装いながら返事をするが、どうしても鼻声になってしまう。
「アルド、お前鼻声じゃねーか。もしかして俺たちとの再会が嬉しくて泣いてんのか?」
「……いや、別に泣いてなんかいないよ」
(泣きたいのは確かだけど……)
「そ、そうか。ところですげーだろ、この花畑! モナが頑張ってここまで増やしたんだぜ! な、モナ?」
「うん! モナね、まいにちお花さんたちとお話してるんだ! 『みんな元気にそだってね』って!」
(うっ……ますます花をくれなんて言いづらいな)
「はは。そうか、偉いなモナは――はっ、はぁっ……!」
(やばい、またくしゃみが……)
「おい、大丈夫かアルド!? お前もしかして、どっか悪いんじゃ――」
「来ないでくれ!」
駆け寄ってくるテリーに慌ててしまい、思わず声を荒げてしまう。
(しまった、強く言いすぎちゃったか? でもこんな顔、二人が見たらひっくり返るだろうし……)
「……ごめん。ちょっと風邪ひいたみたいでさ。二人に伝染したら悪いし、そろそろ行くよ」
「えー、もう帰っちゃうの?」
モナの残念そうな口ぶりに、後ろ髪を引かれるような思いにとらわれる。
久しぶりの再会だし、本当はもっと話したいこともある。しかし花を諦めると決めた以上、ここに長居するわけにはいかない。
「じゃあまたなテリー。皆にもよろしく伝えてくれ」
「待って!」
モナが庭へ駆け寄り、花を一輪摘むと、それをアルドに「はい!」と手渡してきた。
「えっ。この花は……」
「プレゼント! だってアルド、げんきなさそうなんだもん!」
「……ああ。ありがとな、モナ」
(本当に助かった……)
「うん! はやくげんきになってね!」
二人に見送られてホライを後にするアルド。しかしその胸中は複雑だった。
(なんかすごく悪いことをしてる気が……でも嘘はついてないしな。全部終わったらまたお礼を言いに来よう)
* * *
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