02 総力戦

 セレナ海岸の海沿いの道。遥かに広がる水平線を一望できる見晴らしのいい場所に、一人の男が佇んでいた。


「……必要なものは手に入った。あとは〝奴〟が現れるのを待つだけだ」


 丈の長いフードを身にまとい、顔の半分を隠した男がぼそりと呟く。


「今度は一瞬で片をつけてやる。〝あっちの世界〟に戻って、世界を制覇するために――」

「見つけたわよ!」


 男が言い終わるのと同時に、甲高い声が響きわたった。

 驚いて振り返ると、50メートルほど離れた地点から男を指さしているエイミの姿が目に入った。


(なっ……どうしてここに!?)


 動揺している間にも猛スピードで距離を詰めてくるエイミたちに、男は逃走を選択した。


「あっ、待ちなさい!」


 一目散に逃げ出す男の後を追いかけるが、フードの男の走る速さもかなりのもので、なかなか距離が縮まらない。

 

(まずい、このままじゃ逃げられる!)


 エイミが焦燥に駆られた、その時だった。


「――お姉さま!」

「ええ、合わせてシンシア!」


 刹那、強烈な閃光が空間を切り裂いたかと思うと、逃走する男のすぐ前方の地面が轟音とともに抉られた。


「うおっ!?」


 男が尻もちをついて前方を見る。

 ソフィアとシンシアが手を取り合い、並び立っていた。目に見えるほど強力な魔力を身にまとって。


「アルド様は返していただきますわよ! マグノリエの名にかけて!」

「……アルドがいたから私の物語は続いている。だから、貴様がアルドを消すつもりなら、そんなふざけた物語はここで終わりにしてやるわ!」

「くっ!」


 続けて魔法を放とうとする二人に、男は慌てて踵を返す――が。


「逃がすかっ!」


 〝ガキン!〟――硬い金属のぶつかり合う音。

 逆側から迫ってきていた二人の騎士の剣撃を、男の剣がすんでのところで受け止めた音だった。

 アナベルとディアドアが再び剣を構え、男に対峙する。


「アルドは私の理解者で、大切な友人よ。あなたの思い通りになんて絶対にさせないわ!」

「……私もあいつには返しきれないほどの恩があるのでな。多勢で一人をいたぶるのは主義じゃないが、貴様がアルドを返すつもりがないのなら、遠慮なくこの魔剣の贄にしてくれる!」

「ちょ、ちょっと待て!」

「問答無用!」


 再び剣を振り上げ斬りかかろうとする二人。

 その剣幕に怯んだ男が再び来た道を引き返そうとする――その目が、自身に向かって一直線に飛んでくる〝何か〟を捉えた。


「IDEAの一番槍、受けなさい!」

「うわあっ!?」


 閃光のごときスピードで飛来したヒスメナの一撃を、紙一重のところで飛んで躱す。

 体勢を崩しながらもなんとか着地する――が。


「我が大切な臣下、返してもらうぞ下郎!」


 クロードの放った矢の雨が天空から降り注ぎ、男の逃げる先を読んでいるように正確に降ってくる。

 次々と襲い掛かる攻撃に、男は声を上げる余裕もなくただ逃げ惑う。

 しかしすぐにその足を止めた。


「追い詰めたわよ」


 仲間たちの足止めにより追いついたエイミたちが男の前に立ちはだかる。

 四方から包囲され、今度こそ男に逃げ道はなかった。


 一人の少女が前に歩み出る。


「……フィーネ?」

「お兄ちゃんを返して!」


 男がぼそりと少女の名を呟くが、その声はフィーネの咆哮にかき消された。


「お兄ちゃんはいつも私を守ってくれてた。だから……今度は、わたしがお兄ちゃんを守る番!」


 フィーネの掲げた杖が光を放ち始める。

 ジオプリズマの力を体内に秘めたフィーネの魔力、そのすべてが杖に集中していく。


「え? ちょっと……」


 呆然と立ち尽くす男に、フィーネは杖を振り上げ――

 渾身の力を込めて振り下ろす。


「ええーい!」

「うわああああ!?」


 〝バカン!!〟――景気のいい音とともに男の身体が弾け飛んだ。

 ごろごろと地面を転がり、やがて止まる。仰向けに倒れ伏した男は、気絶したのかぴくりとも動かない。


「……意外とあっけなく倒せたでござるな」

「ええ。でも油断しないで。こいつはオーガベインを持ってるはずよ」


 エイミが倒れている男に近寄ろうとしたその時――

 ぐにゃりと、空間が歪んだ。


「これは……!」

「次元の穴!?」


 全員が息を呑んで見つめる先には、緑色の光を放つ穴がぽっかりと空間に口を開けていた。


「まさか、前もって穴を開けていたでござるか!」

「みんな注意して! 何か来るわ!」


 エイミが拳を握り戦闘の構えを取り、場の空気が再び張り詰める――


 数秒後、穴の奥から大きな影が飛び出してきた。


 毒々しいオレンジ色をした傘状の頭部。なめらかな曲線を描く胴体に二本の脚。

 それは、巨大なキノコの魔物であった。


「これがアルドをやった魔物ね!?」

「……あまり強そうには見えないでござるが」

「油断大敵デス! キノコの皮を被った狼かもシレマセンノデ!」


 追いつめられても大した抵抗を見せなかったことからして、フードの男自身はたいして強くはないのだろう。だが、次元の裂け目を生み出し、異界の化け物を召還する力を持っていた。

 つまり、本命はこの魔物だ。


「ギュエエエエ!」


 魔物が咆哮を上げ、一行に襲い掛かった。


「来るでござるぞ!」

「行くわよ皆!」


 エイミたちが同時に地面を蹴り、正面から魔物を迎え撃つ。


 刹那の交錯――決着は、一瞬だった。


 魔物の頑強な胴体はエイミの拳をものともせず、サイラスの奥義すら刃を通さず、フィーネやリィカの魔法も跳ね返し、軽く体を振り回した衝撃波だけで全員を吹き飛ばしたかと思うと、大地から吸収した極大プリズマエネルギーの放出により大爆発を起こしてパーティを壊滅させ、あと大陸も破壊して星も消滅した。


 などということは一切なく。


「たああっ!」

「ギィエエエエエ!」


 エイミの一撃で苦悶の叫びをあげたかと思うと、魔物は全身をくねらせ、しおしおと身体を縮ませてバタンキューした。


「……え? 終わり?」


 あまりの呆気なさにぽかんとするエイミ。

 だが次の瞬間――キノコの全身からオレンジ色の胞子が爆散するように放出され、周囲を包み込んだ。


「きゃあっ!」

「しまった、毒でござるか!」


 急いで距離を取るが間に合わず、範囲内にいたエイミたちは全員が胞子をまともに食らってしまった。

 油断していたわけではない。警戒はしていたが、まさか死に際に広範囲にまき散らすとは予想していなかった。


「あなたたち、大丈夫!?」

「来ないで!」

 慌てて駆け寄ろうとするアナベルをエイミが制する。

「近づけば皆まで毒を受けちゃうわ!」

「でも……」


「……皆さん、ありがとうございました」


 フィーネが立ち上がり、アナベルたちに向けてにっこりと微笑んだ。

「皆さんのおかげでここまで来ることができました。だから、後は私たちに任せてください」

「……ええ。わかったわ」

 アナベルを始めとする他の仲間たちが後退し、胞子の届かない範囲にまで距離を取る。


 エイミたちは顔を見合わせると、ふっと笑みを漏らした。全員が同じことを考えているとわかったから。

 すでに覚悟は決まっていた。

 アルドは仲間を巻き込まないために一人で戦った。結果的にアルドの意志を無駄にしてしまう結果になってしまったが、それでも尚、彼らに後悔の念はなかった。

 どんな結末を迎えようと、最後までアルドと運命を共にする――それが彼らの答えだった。


「さて。毒が回らぬうちにアルドを連れ戻さなくては、でござるな」

「恐らくアルドさんはこの穴の先にイルと予想サレマス!」

「ええ。それじゃ皆、行くわよ!」


「――すまないが、それは少し待ってくれるかい?」


 中に飛び込もうとエイミたちが穴に近づいた瞬間、声が割り込んできた。


「……イスカ?」

「やれやれ、ひと足遅かったみたいだね」


 遠巻きにする仲間たちの間を通り、悠然とした足取りでエイミたちに近づいていくイスカ。その後ろから、サキがとぼとぼとした足取りでついてくる。


「ちょっとイスカ、近づくと毒が……」

「いや、もう十分拡散しているし問題ない。それより申し訳ないことをしたね。もっと早くに気付いていれば止められたのだけれど」

 その口ぶりに引っかかるものを覚えつつ、エイミは「いいのよ」と首を振ってみせる。

「どのみち誰かが毒を受けなきゃあの魔物は倒せなかった。だからイスカが私たちに謝ることは……」

「君たちに? いや、そうじゃない。私が申し訳ないと言ったのは、そこで倒れてる〝彼〟に対してだよ」


 と、イスカがフードの男を指し示す。


「私たちは大きな勘違いをしていた。最初から倒すべき『強大な敵』なんていなかったのさ」

「…………?」


 誰もが頭上にクエスチョンマークを浮かべていたが、イスカは構わず続ける。

 まるで、推理小説の終盤で雄弁に語り出す名探偵のように。


「何故なら、そこにいる彼こそが――」

「……う~ん」


 まさに示し合わせたようなタイミングで、フードの男がよろよろと立ち上がり、フードを脱いだ。

 見慣れた赤い服、獅子の頭をあしらった肩当て、腰に佩いたオーガベイン。


「アルド本人なのだから」

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