02 不穏な影
「さて、こちらが把握している情報は現時点ではこのくらいだ。本来ならさっそくそのフードの男の捜索に移りたいところだけれど――」
「すみません、遅れました!」
レゾナポートの正面口から声が響く。
息を切らしながら駆け寄ってくるのは、IDEAの白制服メンバーの一人、サキだった。
「遅いぞサキ。緊急招集には常に備えておけと言っただろう」
クロードの叱責にサキが深々と頭を下げる。
「ごめんなさい! その、マユちゃんと遊んでて、連絡に気付かなくて……」
「ちょっと厳しいんじゃない、クロード? あなただって放課後の定例会に悠然と遅れてくるじゃない」
「ふっ。会議の時間などに縛られるようでは王たる器とは言えんだろう」
「……王様だろうと時間は守るべきだと私は思うけど」
「二人ともその辺で。それよりもサキ、お客さんがいるようだけれど?」
イスカが割って入り、サキの後方に目をやる。
「はい。実は、お話を聞いてもらいたい方々がいまして……」
サキが後ろを振り返ると、それを合図のように、少し離れた場所に立っていた二人の人物が近づいてくる。
高貴さを感じさせる衣装に身を包んだ
「む。レディ・シンシア!」
「ご無沙汰しておりますわクロード様。しかし先ほどの発言は見過ごせません。王とは国民に慕われてこそですよ。ねえお姉さま?」
「……私はコメントを控えておくわ」
シンシアに腕を絡ませられているソフィアがそっけなく答える。
「どういうことだサキ。何故彼女たちがここに?」
「ここに来る途中で偶然すれ違ったんですけど、お二人が話されていた内容が気になったので同行をお願いしたんです。今回の招集と関係があるかもしれないと思って」
「……ほう? どのような話だ?」
「私もまだ詳しくは……ただ、エルジオンで不審者を見かけたらしくて」
サキが二人を見やると、シンシアが「ええ!」と怒気のこもった声を上げる。
「あれはお姉さまと二人で楽しく買い物をしていた最中のことでした。フードに身を包んだいかにも怪しげな殿方が近づいてきて、無遠慮にお姉さまのことを見つめてきたのですわ。それはもうじろじろと、舐めまわすように!」
「フード!?」
あまりにタイムリーなワードが飛び出してきて、場の緊張感がにわかに高まる。
「正確には、この左目に注目しているみたいだったけど」
「同じことですわ! せっかく二人で買い物を楽しんでましたのに、おかげでムードが台無しです!」
ぷりぷりと声を荒げるシンシアであったが、一同はそれどころではない。
今まさにその話をしていたところに新たな目撃者が現れるとは、なんという僥倖か。いや、遅れながらも手がかりを見逃さなかったサキの手柄というべきだろう。
「それで、その男はそれからどうしたの!?」
「シンシアがもの凄い剣幕で追い払ったらどこかへ行ってしまったわ。方角的には確か、エアポートの方だったかしら」
「エアポート……まずいね。エルジオンから離れられると追うのが難しくなる」
イスカが言い終わるのを待たずにヒスメナが動いた。携帯端末でどこかに連絡を取り始める。
「オペレーター、こちらヒスメナ! すぐにエアポート周辺のカメラ映像の確認をしてほしいの! ……ええ、シティ外なのは承知の上よ。でも時間がないの……ありがとう。とにかく急いでちょうだい!」
手早く本部へ指示を出して通話を切る。そこに一切の躊躇いもなかった。
「ナルホド、エルジオンの監視システムの映像データにアクセスして行き先を割り出すのデスネ?」
「へえ。そんなことができるなんて、さすがIDEAね」
エイミが感心したように言うと、クロードとイスカが視線を合わせて肩をすくめる。
「限りなくグレーに近いブラックではあるがな。今は手段を選んではいられん」
「そうだね。まあ、もしも事が露見した場合は私がどうにか言いくるめるさ」
ヒスメナが出した指示は、エルジオンの監視システムへのハッキングである。
IDEAはあくまでIDAスクールを管掌範囲とする自治組織であり、エアポートの監視カメラ映像へのアクセス権などは当然なく、越権行為、どころか不正アクセスによる違法行為として問われかねない。
しかし、だとしても。悲劇を未然に防げる唯一の手段であるならば躊躇はしない。何があろうと仲間は守る。
それが白制服に袖を通す彼らの覚悟であり、矜持であった。
「さて」と、イスカがエイミたちに向き直る。
「とりあえずは本部からの報告を待つしかないわけだけれど、その間に君たちの置かれている状況について聞かせてもらえるかい? 何か新しいヒントが掴めるかもしれないからね」
「そういえばこっちの話はまだだったわね。わかったわ」
説明をしながらエイミは考える――同じ説明をするのはこれで何度目だろうか、と。その度に状況は悪くなっているようにも思える。
横目でフィーネの様子を窺うと、落ち着いてはいるものの、どこか放心しているような表情をしていた。
「……これは、思っていた以上に由々しき事態のようだね」
説明を聞き終えて、さすがのイスカも表情を曇らせる。クロードとヒスメナも同様に顔を強張らせており、サキだけがどこか困惑しているような表情を浮かべていた。
「けれど、それぞれの事件の繋がりが見えてきたようだ。アルドがここIDAシティに来た理由、オーガベインらしき剣を携えたフードの男。ここから推測できる可能性は……」
「そのフード・ベインがアルドさんに毒を盛った犯人ダト推測サレマス!」
「そしてアルドが言っていた『強大な敵』ということね」
「アルドはその男に単身挑み、オーガベインを奪われたのでござるな」
イスカが頷く。
毒を受け、治療法もなく、自らに残された時間が少ないことを知ったアルドは、たった一人でその敵を討つために後を追い、この未来の何処かで――返り討ちに遭った。
それ以外のシナリオは考えれらなかった。
「しかし、そうなると別の問題が出てくるな」とクロード。
「アルドがその男を追って過去からこの時代へ来たということは、逆を言えばその男も時空を超えられるということになる」
「む……。確かにそうでござるな」
「だが、お前たち以外にそんなことが可能な奴がいるのか?」
「…………」
全員が考えを巡らせているその間――
フィーネは、レゾナポートで賑わう人々の様子をぼうっと眺めていた。
感情が麻痺しているのか、皆の話を聞いていてもまるで現実感がない。煌びやかな喧噪の中、行き交う人々はみな楽しそうな表情を浮かべていて、すべてが悪い夢ではないかとすら感じられる。
まるで、自分たちだけが世界から隔絶された混沌に迷い込んだかのような……
「――ファントム」
フィーネが小さく呟いた。
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