第3話 【現代】-手向けの花-
01 テリーの証言
「アルドさんですか? ええ。確かにいらしたようですね」
ホライの村長であるマーロウは、突然訪ねてきた一行のただならぬ様子に戸惑いながらそう答えた。
占いの通り、アルドはホライの村に来ていた……が、マーロウの言い方からすると、期待していた結果は得られないようだった。
「もうここにはいないってこと?」
「ええ。テリーとモナが見かけて話をしたらしいのですが、私がそれを知った時にはすでに村を去られた後でした」
「ぐむう……またしてもひと足遅かったでござるか」
サイラスが無念そうに喉をぐるぐると鳴らす。
「アルドさんがコノ村に来た理由はワカリマスカ?」
「いえ、私もまだ詳しいことは聞いてないので、ちょうどテリーを呼んでいるのですが……」
ちょうどその時、玄関の扉が開く音がした。
「マーロウ、入るぞ。……っておいおい、今度はあんたらか?」
入ってくるなりテリーが驚きの声をあげる。
「取り込み中なら出直すか?」
「いや、テリー。彼らにも説明してあげてほしいんだ。アルドさんと会った時のことを」
「え? ああ、そりゃいいけどよ」
テリーは頭をぽりぽりと掻き、「そうか……やっぱり何かあったんだな」と小さく呟く。それから全員に向き直り、説明を始めた。
「最初にアルドを見つけたのはモナだったんだ。モナに呼ばれて俺も急いで会いに行ったんだが……」
* * *
「おお! マジでアルドじゃねーか!」
「ね、おとーさん! モナの言ったとーりでしょ!?」
半信半疑で駆けつけたテリーだったが、マーロウ宅の庭の前に一人佇んでいるアルドの姿を見つけた瞬間、モナの手を引いたまま走り出した。
顔を合わせるのはいつ以来だろうか。
アルドは友人であるが、それ以前に冒険者である。なかなか会えないのは仕方がない、そう自分を納得させていた彼だったから、思わぬ再会に心が躍るのは当然であった。
が――すぐに違和感を感じた。
声をかけているのに、アルドはテリーたちに背を向けたまま動かない。
「……おい、アルド?」
「や、やあテリー。それにモナも。……ぐすっ」
やはり様子がおかしい。
何故こちらを向かない? 声色にもいつもの元気がないし、それに今、確かに鼻をすすっていた。
「アルド、お前鼻声じゃねーか。もしかして俺たちとの再会が嬉しくて泣いてんのか?」
「……いや、別に泣いてなんかいないよ」
茶化すようなテリーの言葉にも、アルドは静かに首を振るのみである。
「そ、そうか? ……ところですげーだろ、この花畑! モナが頑張ってここまで増やしたんだぜ! な、モナ?」
「うん! モナね、まいにちお花さんたちとお話してるんだ! 『みんな元気にそだってね』って!」
モナの言葉に一瞬、アルドが肩を震わせたように見えた。
「はは。そうか、偉いなモナは――はっ、はぁっ……!」
ようやく明るい声を出したアルドだったが、突然喘ぐような声を出した。
「おい、大丈夫かアルド!? お前もしかして、どっか悪いんじゃ――」
「来ないでくれ!」
アルドに駆け寄ろうとするテリーを強い語気で制止する。
「……ごめん。ちょっと風邪ひいたみたいでさ。二人に
「えー、もう帰っちゃうの?」
モナが残念そうに口をとがらせるが、テリーはただ困惑していた。
明らかに具合が悪そうだし、肩も小刻みに震えている。顔を見せないのも鼻声なのも、やはり泣いていたからではないのか?
もう帰ると言うが、それならアルドはいったい何をしに来た? それに、先ほどの切羽詰まった声。
これじゃあ、まるで――
「じゃあまたなテリー。皆にもよろしく伝えてくれ」
テリーが言葉に詰まっているうちにアルドは村の出口へ歩き出す。
「まって!」
突然モナが走り出した。庭でしゃがみ込み、それからアルドに駆け寄ると、「はい!」と手を差し出す。
その手にあるのは一輪の花だった。
「えっ。この花は……」
「プレゼント! だってアルド、げんきなさそうなんだもん!」
「……はは。ありがとな、モナ」
「うん! はやくげんきになってね!」
大事そうに花を仕舞い去って行く友人の後ろ姿が見えなくなるまで、テリーはその場に立ちつくしていた。
* * *
「アルドが泣いていた、でござるか?」
「ああ。俺にはそういう風にしか見えなかった」
「涙ガ分泌されるほど苦痛を感じてイルというコトデショウカ……?」
「お兄ちゃん……」
涙を流すほどの苦しみ――だとしたらアルドの身体は、もはや危険な状況にあるのかもしれない。
「でもよ。俺、思ったんだ」
テリーがぽつりと零す。
「……もしかするとアイツ、俺たちに別れを告げに来たんじゃねえのかなって。こっちを向かなかったのも、顔を合わせるのが辛かったのかもしれないって、そんな気がしたんだ」
〝別れ〟――その言葉が意味することの残酷さがメンバーの心に突き刺さる。
「つまり、アルドはもう毒の治療を諦めたということでござるか? すでに手遅れであると悟って……」
「ちょっとサイラス! 滅多なことを言わないで!」
エイミが厳しい口調で言うと、サイラスははっとしてフィーネに頭を下げる。
「こ、これは失言でござった。すまぬでござるよフィーネ殿」
「ううん。ありがとう二人とも。私は大丈夫だから」
フィーネは説明を聞いている時も表情を変えず、じっと何かに耐えているようだった。
自分たちの中でも一番心を痛めているのはフィーネに違いないのに――エイミはじわじわと怒りが沸き上がって来るのを感じ、強く拳を握りしめた。
「アルドのやつ、皆にこんなに心配かけて……。こうなったら何が何でも見つけ出して、一発ぶん殴ってやるんだから!」
「ソノ通りデス! ワタシのツインテール往復ビンタもお見舞いしてヤリマスノデ!」
「う、うむ……お主ら、手加減はしてやるでござるよ」
テリーとマーロウに礼を言って引き返そうとする一同に、テリーが「なあ」と呼び止める。
「アルドのこと、俺からも頼む。あいつは俺たちの大事な友達で……恩人なんだ」
「私からもお願いがあります」と、マーロウが歩み出る。
「きっとアルドさんは無事だと私は信じています。だから、私のお願いはこうです――『次は美味しいハーブティーを用意して待っています』と、どうかお伝えください」
二人の想いを受け止めたエイミは、力強く微笑み、拳を突き出した。
「ええ。任されたわ」
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