02 混沌と死神
宮殿からデリスモ街道に出たところで、一同は次にどう動くかを話し合うことにした。
「さて……これからどうするでござるか」
「毒を何とかするにしても『敵』を倒すにしろ、とにかくアルドを見つけないことには始まらないわよね」
「しかしアルドさんを探そうにも手がかりがアリマセン。こんなことナラこっそりアルドさんの首輪に位置情報発信機をつけておくべきデシタ」
「そ、それはまた今後考えるとして……みんな、何かいい考えはない?」
全員が脳をフル回転させるが、有効な意見を出せる者はいない。
実際、八方塞がりの状況であった。
せっかく足跡が辿れたところのにまた途絶えてしまった。具体的な情報は何ひとつ得られておらず、アルドがどこに向かったのかを予想できる材料もない。だからといって可能性のある場所を片端から当たるというわけにもいかない。どの時代にいるかすらわからない中で人間一人を探し出すなど、ザルボーの砂漠で一粒の砂を見つけるようなものだ。
「フィーネ、大丈夫?」
アルテナが心配そうにフィーネに声をかける。
フィーネは空を見上げていた。
兄は何処へ行ってしまったのだろう。追いつけるだろうか。間に合うのだろうか。
無責任に晴れ渡った空、ゆったりと流れる雲、飛び交う鳥たちのさえずり……牧歌的で美しいその風景が、今はどこか皮肉めいて見えてしまう。
そんな後ろ向きな感情を振り払うように首を振る。
(お兄ちゃんだったら、こんな時どうするだろう?)
フィーネにとってアルドは紛れもなく〝兄〟である。楽天家で大雑把で、たまにだらしなかったり、お人好しすぎることもあるが、優しくて真っ直ぐで、いつも誰かのために戦っている自慢の兄。
そんなアルドだから、彼の周りには自然と仲間が集まってくる。仲間たちがアルドを頼るのと同じように、アルドも仲間の力が必要な時は遠慮なく頼る。そんな光景をフィーネは何度も目にしてきた。
(……そうだ。お兄ちゃんならきっと、力になってくれる仲間が……)
「あら、あなたたち?」
その時、一行に声をかけてきた人物がいた。
「おお、ラディカ殿!」
「久しぶりね。……って、あら? アルドはいないのね」
何故だか少し残念さをにじませる彼女、ダークエルフのラディカもまた、アルドたちの旅の仲間の一人であった。
「それが、少々厄介な状況にござってな、皆でアルドを探しているところなのでござるよ」
「厄介な状況? ……アルドがどうかしたの?」
「うむ。実は――」
サイラスがこれまでの経緯を説明をすると、ラディカは褐色の肌が蒼白にさせた。
「そんな、アルドが……」
「だから急いで見つけなければならないのでござるが、探す当てがなく……」
「それなら私に任せて!」
ラディカがサイラスを遮って叫ぶ。
「アルドがどこへ向かったのか、私が占うわ!」
サイラスは思い出す――砂漠にそびえたつ塔と、世界を呪う魔女の物語を。
ともに強大な敵に立ち向かう中、ラディカの特殊能力であるタロットカードを用いた占いは、幾度となく道標となり皆を導いてくれた。
「そうか、その手があったでござる! ラディカ殿は占いが得意なのでござったな!」
「お願いしますラディカさん」と、フィーネがラディカの前に歩み出る。
「どうか力を貸してください。お兄ちゃんを見つけるために」
「ええ、わかってる。きっと……いえ絶対に探し出してみせるわ」
力強く頷いて、ラディカがカードを取り出し、魔力を込める――と、カードの一枚一枚がまるで意思を持ったかのごとく浮遊し、ルーレットのようにラディカの周囲を回転し始めた。
「カードよ、お願い……応えて!」
ラディカの願いに応じるように、カードが彼女の手に収束していく。
そのうち数枚のカードを抜き取ると、ラディカはそれを裏返して凝視した。
「……わかったわ。カードが示している場所は、二か所ね」
「二か所?」
「ええ。ひとつ目は……『大きな穴』『花』『滅びと再生』と出ているわ。心当たりはある?」
「大きな穴、村、それに花……でござるか」
「ピピ――検索完了。1件ヒットデス!」
「ええ。きっとホライのことね」
エイミが口にした答えに全員が首肯する。
『大きな穴』は炭鉱、『花』はホライの象徴である。
ホライ――アルドたちの冒険の舞台のひとつとなった炭鉱の村である。
とある災厄により一度は『滅び』たその村に一人の青年がやってきたことをきっかけに、徐々に住人が増え、出会いや別れ、様々な苦難を乗り越えて、いまや立派な村として『再生』するに至った。
「心当たりがあるのね、よかったわ」
ラディカが安堵したように言う。
「それからもうひとつの場所だけど、こっちは……『巨大な時計塔』『学び舎』と出ているわ」
「それって……」
「検索するマデモナク、IDAシティを指していると思われマス!」
ホライとIDAシティ。どうやらアルドはその二つの場所に向かったらしい。
目的は不明だが、ともあれ次の目的地は定まった。
「ラディカ殿、本当に助かった。礼を言うでござるぞ!」
「お礼なんていいわ。それより早くアルドを――」
「ねえラディカ。その前に、もうひとつ占ってほしいことがあるんだけど……」
エイミがそう切り出すと、ラディカはその意図を察して頷く。
「……ええ、わかったわ。アルドの運勢を占うのね?」
「そう。お願いできる?」
「もちろんよ。少し怖いけど、やってみるわ」
ラディカが再びタロットカードに魔力を込める。
皆が固唾をのんで見守る中、再びカードを取り上げた。
「あら? これは……」
自身の占いの結果に、ラディカが意外そうな顔をする。
「二枚のカード……『混沌』と『死神』ね」
一同の背筋に冷たいものが走る。占いの結果としてはあまりに不吉な言葉であった。
「『死神』とは……できれば聞きたくない言葉でござったな」
「それに『混沌』トハ、どういう意味デショウか?」
「なんにしてもいい意味ではなさそうね」
サイラスたちが話している間も、ラディカはまだ困惑した様子でまだ二枚のカードを見つめていた。
「ねえ皆。この結果なんだけど……」
ラディカが口を開いたのと同時に、エイミが拳を握り叫んだ。
「だからって諦めるわけにはいかないわ! 早くその二か所に向かいましょう!」
「うむ! 占いはあくまで占い、未来が決まったわけではござらん! そんな結果は拙者たちで覆してやるでござるよ!」
「なせばナル、ケ・セラ・セラの精神デスノデ!」
「皆の言う通りだよ。行こうフィーネ!」
「う、うん!」
どんな絶望的な状況でも、必ず道は残されている。
それは綺麗事ではなく、これまでの冒険で幾度となく彼らが経験してきたことだった。ギリギリの綱渡りの末に、彼らは奇跡のようにここに立っている。
故に、諦めるという選択肢は彼らにはなかった。
「ちょっと待って、私の話を――」
一斉に駆け出したエイミたちをラディカが慌てて止めようとするが、その声は届かず、一同の背中はみるみる遠ざかって行った。
「……この世界には話を最後まで聞かずに走り出す人しかいないの……?」
肩を落として深いため息をつくと、再び手にしたカードに目を落とす。
「それにしてもこれ……どういうことかしら?」
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