03 王の証言

「絶望的なほどの強敵……本当にアルドがそんなことを言っていたの?」


 場が一気にシリアスな空気に包まれるが、無理もないことだった。

 あのアルドが「歯が立たない」という敵の存在。楽観視するにはあまりに不穏めいている。


「うむ……見当もつかぬでござるが、アルドだけがその敵の存在に気付いたのでござろうか?」

「でも、だったらどうして私たちに何も言わないの? 仲間なんだから――」

「わからないのか?」

 ギルドナが重々しく口を開く。

「アルドはこう言っていたのだろう。『仲間を危険に巻き込みたくない』と」

「そんな……」


 と、その時であった。


「おや、君たち」


 聞き覚えのある声に一同が視線を向けると、宿屋の前にミグランス王が立っていた。


「あっ、王さま!」

「こんなところで会うとは奇遇だな」


 ちょうど宿屋を出たところでフィーネたちを見つけたらしく、威厳に満ちた足取りで歩いてくる。魔獣との戦いで破壊されたミグランス城が復興するまでの間、ユニガンの宿屋の一室が王の執務室となっているのであった。


「王さま! 昨日アルドお兄ちゃんと会いませんでしたか!?」

「ん? ああ、会ったとも」


 詰め寄るフィーネに戸惑いを見せることもなく、ミグランス王は泰然とした態度で応じる。


「冒険の話を聞かせてもらう約束をしていたからな。……ふむ。どうも穏やかではない様子だが、彼の身に何かあったのかね?」


 戦では自ら前線に立つ勇猛さと義を重んじる誠実さを併せ持ち、国民からの信頼も厚いミグランス王だが、フィーネたちの顔を一瞥しただけで事態を察する思慮深さもまた、彼を英君たらしめる要素であった。


 フィーネからひと通りの説明を受けたミグランス王は「ふむ……」と意味深に呟いた。


「ミグランス王、アルドと話した時に何か気付いたことはござらんか?」

「ああ。いや、君たちも当然知っていると思っていたのだが……あるいはあえて黙っていたのか」


 雄弁な王にしては珍しく言葉を濁す。


「だがやはり君たちは知っておくべきだろう。……アルドは毒に侵されているらしい」

「毒!?」


 予想を遥かに超える王の答えに、思いがけず全員の声が重なる。


「そ、それは本当でござるか!?」

 限界まで開いていた大口を閉じてサイラスが問うと、王も深刻な表情で頷く。

「アルドが自分でそう言っていたのだ。それに確かに具合が悪そうであった。体が重そうであったし、顔色も悪く、それに時折言葉を詰まらせて息苦しそうにしていた」

「そんな……」フィーネが顔を青ざめさせる。

「アルドは『心配は要らない』と言っていたし、彼には君たち仲間もついている。あえて私が手を貸す必要もないのだろうと思ったのだが……」

「アルドは他に何か言っていたませんでしたか?」

 王はしばし記憶をたどるように視線を空に向けていたが、やがて「ああ、」と思い出したように言った。

「そういえば、『毒に詳しい人物に相談に行く』とも言っていたな」

「毒に詳しい人?」

「ああ。心当たりはあるかね?」


 この時、全員が頭に思い浮かべたのは奇しくも同じ人物であった。

 「相談に行く」ということはつまり、治療法が不明ということだ。未知の毒に侵されたアルドが頼りにするであろう人物とは――


「ラチェット……じゃないかしら?」

「うむ。拙者もちょうど同じことを考えていたでござる」

「ワタシのシミュレートでも同じ結論が出てイマスノデ!」


 困ったときのラチェット頼み、である。

 幅広い分野に深い知見を持つ彼女のアドバイスは常に的確で、これまで何度も、活路の見出せない場面でアルドたちを助けてくれた。


「賭けだけど、他に手がかりがない以上、今はその可能性に縋るしかないものね」

「うむ。運がよければ追いつけるかもしれんでござるしな」

「ワタシも異議ナシデス!」

「私からも頼む。彼は国を救った英雄でもあるが、それ以上に私の大事な友人だからな」

「王さま……それに皆も、ありがとうございます」


 律儀にお辞儀をして礼を言うフィーネ。アルテナがその背中をパンと叩く。


「なに言ってるのフィーネ。仲間なんだから当たり前でしょ? ……って、なんかアルドさんみたいな台詞ね」

「……ふふっ! 確かに。ありがと、アルテナ」


 微笑ましい二人のやり取りに周りの皆も思わず笑みを漏らす。先ほどまでの暗くもやがかったような雰囲気は嘘のように晴れ、いつもの明るい空気が戻っていた。


「それじゃパルシファル宮殿に向かいましょう!」


 エイミの号令で出発する一同。

 しかし一人だけ、その場から動こうとしない者がいた。


「ふん。俺は行かんぞ」

「—―えっ!?」


 思わぬギルドナの発言にアルテナが血相を変えて詰め寄る。


「ちょっと、何言ってるのよ兄さん!」

「俺は協力しないと言っている。アルドは己の意思で一人で行動することを選んだのだろう? ならばその意思を尊重するまでだ」

「でも……きっと何か理由があるのよ!」

 エイミが反論するが、ギルドナは首を振る。

「どんな理由であれ、アルドは俺たちに何も伝えなかった。それはつまり、その敵との戦いに俺たちは必要ない、ということだろう」

「そんなこと……」

「ふん。まあ、お前たちが行くというなら止める気もない。好きにするんだな」

 と、吐き捨てるように言って皆に背を向ける。

「兄さん!」


 アルテナの呼びかけにも応えることなく、ギルドナはその場から去って行った。


「……ギルドナのやつ、一体どうしたのでござろう?」

「わからないけど、気にしてもしょうがないわ。私たちだけでも行くわよ!」


 エイミの発破で、ギルドナの離脱に少なからず動揺していたメンバーも気持ちを切り替える。

 ギルドナが言ったように、たとえアルドが自分の意思で単独行動を選んだのだとしても、毒に苦しんでいる仲間を放っておくことなどできるわけがない。


 一刻も早く見つけ出すのだ――消えてしまった主人公を。

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